鬼村の撹乱
忙しい一週間を過ごした清。
除霊に地鎮、加持祈祷にまた除霊。平日昼間用の助手も増やすべきかと案じている。そんな土曜日の朝。いつものように葉子がやってきた。
「せんせぇおはよーございます!」
「おはよう。今日は鬼村さんの所に行くぞ。パッと行ってパッと帰るからな。」
「はい!」
「じゃ、あれを積み込むぞ。」
それは2斗の酒樽だった。
「ひえぇーおっきい!」
重量は40kg近い。鬼村だけでなく異薔薇城まで居ることが分かっているため、持てる限界の酒を持って行く必要があるのだ。なお、葉子は葉子でいつも通りの瓶を何本も抱えてもらうつもりだ。
積み込みを終えたら出発。なぜ異薔薇城はこんな年末に邪魔口まで来たのか……清にはどこか引っかかるものがある。そもそも霊能者である清の勘は霊感だ。そこらの占いより余程当たる。だから、仕事が増えないことを祈るのみだった。金にならない仕事なんて最悪なのだから。
そしてついに到着。ここからは数時間歩くことになる。酒樽を肩に担ぐ清。すでにフラフラしているが行くしかない。葉子も葉子で重い酒瓶を持っている。ここからは根性で進むしかないだろう。
「せんせぇ……大丈夫なんですか……?」
「ああ……」
一時間が経過した。残り半分。意外にいいペースで進んでいる。
それからもう30分。村人ともすれ違うようになった。
「おぉ祓い屋さぁん。重そうなねぇ。ネコ使いぃさんいねー」
「助かります……お借りしますね……」
ネコ、いわゆる一輪の手押し車だ。一輪であるため狭い所やデコボコ道もなんのその。農業の強い味方なのだ。初めから車にネコを積んでおけば楽だったろうに。現代人である清には思いつけなかったのだろう。ヘリコプターを使うかどうかは迷ったくせに。
ただ、ヘリでは着陸できる場所がないことと、鬼村達が騒音を嫌うために選択しにくいこと、そしてもう一つ事情があったのだ。
何にしてもようやく着いた。
「着きましたね……せんせぇ帰りは、それに乗せて運んでくださいよぉ……」
葉子もバテバテだ。清ほどではないはずだが。
「酔っても知らんぞ……」
そのまま勝手知ったる鬼村宅へ。
「鬼村さーん。おってですかー! あれを持って来ましたよー!」
返事がない。そうなると清としてはしめたもの。物を置いてさっさと帰るのみだ。
てきぱきと入口奥の土間に酒を運び入れ、置く。これで先日の約束は果たした。魑魅魍魎との約束は必ず果たさなければならない。清は安堵していた。後はもう帰るだけだ。
「はらいやぁ……」
奥からかすかに聴こえてきたのは……鬼村の声だった。
いつも豪快で精力と自信に満ち溢れた鬼村にしてはか細く、消え入りそうな声だった。
「まずいな……」
清では太刀打ちできないほどの鬼村がそこまで弱っているのだ。一体何者に襲われたのか見当もつかない。だが……逃げ出したいのはやまやまだが、鬼村には義理がある。知ってしまったからには無視するわけにはいかない……
「いいか……村の入口まで逃げてろ……そして10分経って俺が帰って来なかったら車まで逃げろ。ほれ、鍵だ……車には携帯もある。そして師匠に電話するんだ。分かったな?」
「せんせぇ……そんな……」
「分かったな?」
「はい……」
葉子が駆け出すのを待って、清は鬼村宅の奥へと足を進めた。
鬼村のあのように弱った声など聴いたことがない。一体何が……
「鬼村さん! 大丈夫ですか! 今行きます!」
「はらいやぁ……くるなぁ……おめぇまで……」
そう言われても、ここまで来たら引き返すことなどできない。
『極楽精神注入滅殺昇天棒』通称『黒棒』を構え、じりじりと奥へと進んでいく……
清には嫌な予感があった。もしも、その予感が正しければ……日本の人間と鬼、魑魅魍魎との共存は……灰塵と化す……