帰りの道中膝栗毛
葉子は漏らしてしまった。そして清とて限界が近い。しかし、トイレがある施設まではもう15分はかかる。道中は山道なので清としては最悪の場合は野糞でも構わないぐらいの覚悟はある。しかし葉子にも着替えなり何なりの対応が必要だ。まさしく人生最悪クラスのピンチと言っていいだろう。
「せんせぇ……あの……言いにくいんですけど……着替えってない……ですよね?」
「あるわけないだろう。最寄りのコンビニまでもう10数分だ。すまないが我慢してくれ。」
「ふえぇぇん……ごめんなさいぃ……シートを汚してしまって……」
葉子にしては神妙だ。
「気にするな。よくあることだ。」
「え!? せんせぇ……私以外にこの助手席で漏らした女の子がいるんですか!? どこのどいつですか! 吐いてください!」
「本気にするなよ……よくあるわけないだろう。常識的に考えて。」
「つ、つまり、私が初めてですね? 私が初めての女ってことですよね!?」
「いや、まあ、そうだな。もちろん初めて助手席で漏らしたって意味だが……」
「ぐぉがぁーん! 改めて言わなくても……」
山道の途中で突如車を停めた清。一体何が起こったのだろうか?
「ちょっと待っててくれ。急用ができた。」
とうとう清にも限界が来たのだ。もう形振り構ってなどいられない。
「ちょっ、せんせぇ! どこに!」
「来たらクビにするぞ!」
清も必死だ。山道を奥に分け入り最適な野糞ポイントを探す。両足で踏ん張ることができ、なおかつ周囲からの視界が悪い場所を。
十分と経たないうちに清は車へと戻ってきた。
「待たせたな。」
清々しい表情をしている。内心は二度と鬼村宅には泊まらないと決意を固めていることだろう。
「せんせぇ? 何してたんですかぁ? ひょっとしてぇ?」
「ん? 聞きたいのか? それを話すには助手席で粗相をした女の子の話から始めることになるが?」
「い、いや、別にいいです! 聞きません! せんせぇはミステリアスなんです!」
そうこうしている間についに最寄りのコンビニに着いた。
「ほら、これで好きなものを買うといい。ついでにコンビニのトイレで着替えてくるんだな。」
「えぇー? せんせぇが着替えさせてくれないんですかぁ? お金だけ渡してポイなんですかぁ?」
「コンビニに寄らなくていいのか? それならまっすぐ帰るが?」
「いやいや行きます! 行ってきます! ありがたくいただきます! 1万円入りまーす!」
「まったく……」
葉子がコンビニに行ってる間に清は助手席の掃除だ。大したことができるわけではないが、濡れタオルで拭けるだけ拭いて、後は清の火術で乾かすのみだ。さすがの清も霊能の技を女子中学生の小便で染みたシートを乾かすことに使うとは予想だにしなかったことだろう。
それから、葉子が戻ってきたのは15分後だった。
「お待たせしました! バッチリです! もう家に帰る必要なんかありません! このままデートなんか行きましょうよぉ!」
「そいつはよかった。ん? デイトナ? RD400か?」
「アールディー? 大昔の丸っこいロボットですか?」
「それはR2-D2だな。今時よく知ってるな。100年以上前の話なのに。」
「えへへぇ。私、時々詳しいんですよぉ! で、何の話でしたっけ?」
「今から家まで送っていくって話さ。ご両親が心配されているだろうからな。」
「あぁそうでしたっけ。何か忘れてませんか?」
「そうか? 鬼村さんちに忘れ物したって言われても取りには戻らないぞ。」
「鬼村さんと言えば、イバちゃんでしたっけ? 綺麗な人、じゃなかった鬼でしたねぇ。」
「ああ、そうだな。」
「もしかしてせんせぇ! あんなのがタイプなんですか!?」
「勘弁してくれよ。相手は鬼だぞ? 人間なんか平気で食い殺す鬼だぞ? 絶対嫌だね。」
「えへへへぇ。ですよねぇ! せんせぇには私というものがいますもんね!」
「いや……貧乳はちょっと……」
「せんせぇのバカぁぁぁーーー! 責任とって大きくしてくださいよぉぉぉーー!」
「牛乳飲んで腕立て伏せでもしたらいいんじゃないかな。」
「じゃあ! あの乳お化けはどうやってあんなに大きくなったんですかぁ!?」
「誰だよ。ほら、そろそろ着くぞ。」
「えっ!? もうですか!? 2人を引き裂く無情なる時の流れ! せめてうちに寄ってってくださいよぉ!」
「当然だ。ご両親にお詫びを申し上げないといけないからな。」
「なっ! なんと! じゃ、じゃあついでに結納とか!?」
「全く関係ないな。事実を伝えてお詫びするだけだ。」
「ぐぉがーん!」
そして車は葛原家に到着した。