知恵比べ
魑魅魍魎が一つ消え、二つ消え、清の前には管を巻く鬼村だけが存在した。
「じゃけぇのぉ! ワシぁのぉ! イバちゃんと! ホッシーによぉ! シュテンさん止めれっちゃ! ってのぉ! ゆったほいや!」
「大変でしたね。」
「っとによぉ! なんじゃあってんだぁおぅ……あんなぁがよぉ……」
そしてついに……鬼村は寝た。清は解放されたのだ。
「寝よ。」
後片付けはしない。ここではどんなに散らかしてもなぜか朝になれば片付いているからだ。
先ほどまで寝ていた部屋へと戻る。敷きっぱなしの布団に不自然な膨らみ。状況を察した清は回れ右して部屋から出る。本来葉子が寝るはずだった部屋へと向かうのだった。と言っても隣なのだが。
どちらも暗い部屋。敷かれた布団を確認することなく潜り込んだ清。そして感じる温……もり……?
「待ってましたよぉせんせぇ! ここに来たってことは夜這いですね? 私が欲しいんですね? 結納ですね? 初夜ですね? 三三九度っちゃいます?」
獲物を捕らえた蛇のように、葉子が絡みついてきた。
「……部屋を間違えたようだ……」
「ダメですよぉ? せんせぇは私との知恵比べに負けたんですよぉ? あっちの布団に私が待ち構えていると、錯覚しましたね? ほんの一手間、布団をめくれば分かることなのに。その手間を惜しんだために。今こうしてここにいるんですよねぇ?」
「……いや、酔ってて部屋を間違えただけだ……」
確かに隣同士なのだから間違えても不思議はない。しかし、清の行動を全て読みきった葉子に誘導され、この部屋に来てしまった清。中学生に知恵比べで負けたことに違いはなかった。
「おかしいですねぇ? そんなにたくさん飲んだんですかぁ? せいぜい二杯か三杯ってとこですよねぇ? 匂いからすると。」
「……キツい酒だったからな……」
清は茶碗一杯分しか飲んでいない。そんな清から発せられる匂いは通常の日本酒を二、三杯飲んだ時ほどもあったということだ。恐ろしい感覚をしている。
「じゃあー、なんでこっちの布団には警戒せずに潜り込んだんですかぁ? 私普通に寝てただけですよぉ?」
「……見えなかったからな……この暗さだ……」
「へぇー? おかしいですねぇ? あっちの部屋では気付いたんですよねぇ? こんなに暗いのにぃ?」
バレている。清の霊力が幾分か回復し、暗闇でも見えていることが。つまり、こちら部屋において清が気にせず布団に潜り込んだ真の理由は……
「起伏のないボデーで悪かったですね! ふんだ! でもせんせぇ? あっちを私だと勘違いしたってことはぁ……私のことそんな風に思ってくれてたんですねぇ?」
「……ノーコメントだ……」
これは厳密には違う。
清は葉子が貧乳だと知っている。見れば分かるからだ。しかし、この家で自分の布団に潜り込むような存在は葉子しかいないという思い込みが目を曇らせたのだ。なお、こちらの部屋においての布団は、誰もいないと思わせるほど平坦なものだった。
「少し緩めてくれないか? 右手を使いたいんだ。」
「えー? 右手で何するんですかぁ? 私のどこを触ってくれるんですかぁ?」
「体の中心かな。」
「え! そ、そんな、そんなところを……わ、分かりました! せんせぇのテクニックでメロメロのびしょびしょにしてくださいよ!」
葉子の拘束が緩み、清の右手が自由になった。ゆっくりと葉子の顔を包み込むように触る。
「あぁんせんせぇ……」
アイアンクロー。ではない。
人差し指の先を額の中心に当てて……『鋭っ!』
葉子は寝た。拘束も緩み、無事に脱出することができた。しかし、女子中学生に力で負け、知恵でも負けたという事実は残った。清の苦悩はこれからかも知れない。
その頃、葛原家では。
父親は精も根も尽き果てていた。ベッドに倒れ伏し、身動き一つ取れないようだ。
母親は風呂に浸かりながらワインを飲んでいた。非常に機嫌がいいようで鼻歌なんぞを歌っている。
明日は日曜日。葉子は帰ってくるかな? 帰ってこなかったら朝からパパと楽しもう、などと考えていた。