五右衛門風呂の攻防
清が目を覚ました時、周囲は真っ暗だった。しかし自分が布団に寝ていることに気付き、少し安心し、それ以上に焦っていた。
長らく干してない布団の匂い。その匂いに清は覚えがあった……きっと鬼村の家だ。
霊力を使い過ぎたことは覚えている。予想外に強力な悪霊であったことも覚えている。それから……記憶がない。
布団から這い出し、震える足で立ち上がる。記憶のままに襖を開け、鬼村の元に向かう。
向かう途中で風呂から暖かい空気が流れてくる。実は清、ここの五右衛門風呂が大好きだったりする。体の芯まで暖まり、心からリラックスできる至高の湯船なのだ。重く疲れ果てた体に五右衛門風呂。季節は冬、暖房などない家屋。清はその誘惑に抗えなかった……
電灯などない鬼村家の風呂である。わずかにさす月明かりを頼りに。勝手知ったる他人の家とばかりに服を脱ぎ浴室に突入した。本来なら清ほどの霊力があれば暗闇でも視界の確保はできる。できるのだが、霊力が枯渇している現在は記憶を頼りにほぼ手探りで湯船に入ろうとしている。鬼村サイズの浴室であるため、それなりに広く手探りをするにも一苦労である。
そして、清が伸ばした手の先に当たる妙な感触。明らかに生物の感触だ。まず清が連想したのは鬼村本人。だが、それはない。鬼村の皮膚は堅く毛むくじゃらだ。今の手触りは例えるならコットン。それもエジプト産最高級ギザコットンもかくやというほどだ。
「失礼。先客がいたとは分からなかった。私も入っていいだろうか。」
どうせ近所の魑魅魍魎だろうと軽く考えた清は何の気なしに声をかける。鬼村宅に泊まることを嫌がっていた清にしては迂闊な一言と言えよう。
しかし、返事はない。
「もし。返事がないなら入らせていただく。隅を拝借させてもらおう。」
そう言ってかけ湯をして湯船につかる清。
「ふぁあ……いい湯だ……そう思いませんか?」
しかし返事はない。意思疎通ができないタイプの魑魅魍魎だろうか。普段の清ならば魑魅魍魎と同じ湯船につかるなどと冗談ではないはずだ。しかし、疲れきって体も冷えている今……湯船の魅力に骨抜きにされているため、あのような呑気なことを言う始末だ。
清は五分もしないうちに眠気に襲われた。先ほどまで意識を失っていたぐらいなのだから無理もないだろう。気になるのは対面の存在だ。
落ち着いて耳をすますと寝息が聴こえてくる。
そしてようやく思い当たった。自分以外でこの風呂に入っていてもおかしくない人間の存在を。葉子だ……
何もなかったことにして外へ出たいのだが、湯船で寝るのは危険だ。止むを得ず葉子を起こそうとする清。
「あへぅ……せんせぇだめぇ……もっとはげしいのがぁ……」
やはり放っておくべきかと思い直す清。それでも肩を揺すり葉子を起こす。
「そんな……大きい……はっ! ゆ、ゆめぇ!?」
ようやく起きたらしい。
「風呂で寝るな。死ぬぞ。」
「えぅぉ!? せんせぇ? まだゆめぇ?」
「さっさと上がれ。湯当たりするぞ。」
「はっ、はひぃい! ほんもののせんせぇ!? はっ! これはもう! 女と男! 裸の突き合い! いや付き合いをするしかないです! せんせぇーーー!」
周囲は暗闇なのに正確に清に向かって飛びついてくる葉子。そんな葉子の小さな顔に、正確にアイアンクローをキメる清。いつも通りの二人だ。
「や、やっぱりほんもののせんせぇ……夢じゃなぁい!」
俄然勢いを増す葉子。いつものアイアンクローでは止まらないらしい。術を使い鎮静化させようにも清には霊力が残ってない。ひたすら腕力で耐えるしかないのだが、葉子は元気いっぱいらしく清に肉迫している。当然二人とも全裸である。
先ほど目覚めたばかりの清。片や元気いっぱいの葉子。
「ふぅーふぅーふぅー……せんせぇ……いつもの力がありませんよぉ? もっと強く私の顔を抱きしめてくれてもいいんですよぉ?」
「や、やめろ……君はまだ中学生なんだ……あと三ヶ月もすれば受験だろう……」
「へっへっへ……天井のシミを数えていれば終わるってママが言ってましたよぉ……へっへっへ……観念してくださいよぉ……」
「や、やめろ……今はまだその時ではない……自分を大事にするんだ……」
追い詰められ湯船から逃れ出た清。しかし葉子は清に馬乗りになりかけている。中学三年生の女の子に力で勝てないほど清は弱っている。昼間の悪霊はそれほどの難敵だったのだ。
「せんせぇ……冷たいですよぉ? あっためてあげますね……」
清の胸板に手を当てて、葉子は言う。もう清の手に握力は残ってない。
とうとう冷たい床に仰向けに倒された清。乗り上げる葉子。万事休す……汚れた清の貞操は清らかな葉子によって蹂躙されてしまうのか……?
その頃、葛原家では。
「ちょっとあなた? なんでこれしか出ないのよ!? ま さ か……外で撒いてきたんじゃないでしょうね!?」
「ま、待って……もう何回したと……思ってんの……」
「おかしいわ! 私のことを愛してるなら! いくらでも出てくるはずよ! さあ次いくわよ!」
「マ、ママ……」
夫婦水入らずの夜は終わらないようだ。