クラウディッド デイ
さて、2人が山を降りている頃。下では大騒ぎとなっていた。ほとんどの子供が泣きながら帰ってきた上に、まだ1人下山していないことが分かったからだ。幸いまだギリギリ日は沈んでおらず探しに行こうという話になっていた。
子供達は何やら怖い目にあったようだが、支離滅裂で状況が把握できない。そこでまずは通常ルートを捜索することになった。
大人達が山を登り始めて15分、登山道を下ってくる2人の姿が見えた。男は素肌にジャケット、女の子はブラウスのみ。2人とも手にはボロボロになったシャツらしきものを持っている。何があったのか容易に想像してしまう。
「その子を離せ!」
「ようこちゃん! こっちにおいで!」
「ようこ!」
男は手を離したようだが、女の子はその場を動こうとしない。よほど怖い目にあったのかと邪推されかねない。そこに男が口を開いた。
「こんにちは。私は阿倍野 清。しがない祓い屋です。この中に山村 別来君のご両親はおられますか?」
「いや、いないが……」
「そうですか。では失礼。今からそこに行かないといけませんので。この子にももう少しお付き合いいただきますよ。できればこの子のご両親も山村さんのとこに呼んでいただきたいですな。」
「うちの子をどうするつもりだ!」
「パパ!」
父親を目の前にしても女の子は清から離れようとしない。まさか怪しげな呪いでもかけられたのだろうか? そんな考えが父親の頭をよぎる。
「まあ実際はこの子に用はないんですがね。私よりこの子の口から山村さんに説明をしていただきたいだけですね。お父さんもぜひご一緒に行きましょう。この子のおかげで子供達は死なずに済んだのですから。」
「ようこ、そうなのか?」
「分かんない。でも別来君はやっちゃいけないことをしたの。それで妖怪さん達はすごく怒ってた。」
「立派なお子さんですな。全員の、特に別来君の命の恩人ですよ。詳しくは降りながら話しましょうか。」
この地に住まう大人だけあって別来がやらかしたことの重大さは誰にも伝わった。ようこの判断、清の取りなしのおかげで命拾いしたのだ。
「阿倍野さん、先ほどは失礼なことを言って申し訳なかった。娘を助けてくれてありがとうございました。」
「たまたま通りかかってよかったですよ。報酬は山村さんからいただきますのでお気になさらないでくださいね。それよりお子さんをしっかり褒めてあげてください。」
「そうでしたか……ようこ、よく頑張ったな。今夜は何が食べたい?」
「カレー!」
場面は変わり、ここは山村家。家には別来と母親、そして妹が2人いた。ようこによって事の顛末が説明される。しかし……
「俺知らんもん」
「でも、妖怪さん達かなり怒ってたよ?」
「俺そんなことせんもん」
「でも、謝らないと大変なことになるって……」
「俺やってないもん」
「別来君……」
「やれやれ、これでは話になりませんな。私も話の進めようがない。命を助けた報酬として500万円で済まそうと思っていましたが、残念です。」
「500万円ですって!? そんなお金払えるわけないでしょ! そもそも別来は何もしてないって言ってるじゃないの!」
「ええ、本人が認めない以上私も請求しようとは思いませんよ。では、この件は現時点を持ちまして私の手を離れました。私の関与はここまでです。」
「葛原さん! あなたも葉子ちゃんにどんな教育をしてるんですか! 妖怪とかマラとか恥ずかしくないんですか!」
「私は葉子がした行動は正しいと確信しております。あなたが理解できないのは仕方ないとしても、葉子の行動に一片の文句もありません。」
「別来君……謝りに行った方がいいよ……」
山村家を出た3人。清の車で自宅まで送ってもらうことになっている。
「山村さんとこは、どうなりますか?」
「分かりませんね。私は私の約束を果たすだけですね。面倒なことですがね。」
「また山に行くんですか?」
「ああ、まあ明日の話だけどね。夜の山は危ないからね。」
「私も行きます!」
「それはだめだね。明日は学校だろう?」
「学校を休んだらだめだぞ。またお話を聞かせてもらえばいいじゃないか。」
「一応名刺をお渡ししておきますね。霊や怪奇現象で困った時はご連絡ください。値段はピンキリですけどね。」
「祓い屋さん、ですか。お若いのに……」
「邪魔口の魑魅魍魎には多少顔が利きますよ。何かの際にはご贔屓に。」
翌日、月曜日。みんなのために体を張った女の子、葛原 葉子が登校すると周りの空気がおかしかった。
「葉子……山の中で裸になったって本当?」
「え、どこでそんなこと……?」
本当に裸になったところを目撃したのは清だけだし、もちろん誰にも言っていない。しかしボロボロになったTシャツが着れなかったためにブラウスだけで歩いていたのは事実。そのため変に噂となってしまった可能性がある。山村家を訪ねた時には父親のジャケットを羽織っていたことも噂に真実味を与えていた。
つまり裸になってまでみんなを助けたはずなのに、山の中で変な男に裸にされたと誤解されているのだ。そして子供達の誤解を解く術は……ない。大人がいくら訂正しても子供の世界ではそれが真実となってしまったのだ。昨日の一件は葉子の父によって担任に報告されている。地域の大人達も事情を正確に理解している。つまり、理解していない者が噂の出所ということになる。
ふと見ればニヤニヤした顔で葉子を見る山村 別来。葉子に命を救われておいてそれを自覚してないどころか、葉子を笑い者にすることで自分のしたことを塗り潰そうとしているのだ。それでも気丈な葉子は必死に平静を装い席に着く。それからも別来は周囲の男子にあることないことを吹き込んでいるようだ。内容は小学生の男子が想像するような稚拙で残酷なものだろう。
そして昼休み。他のクラスからもわざわざ葉子の顔を見に男子がやって来る。
「へぇーあいつがね」
「山の中で? マジなん?」
「変なおいさんと?」
「そういえばあいつって……」
「俺んちでもさ……」
いかに葉子が気丈だとしてもあまりに残酷だ。自分は命がけでみんなを助けたのに。葉子に助けられた別来以外の友達も距離を測りかねている。そもそも助けようなんて考えられるものは葉子以外にいなかったのだ。その葉子がこんな状態にある時、一体誰が助けてくれると言うのか?
葉子は失意のまま下校した。
そして元気のないままほとんど夕食も食べずに自室に戻ろうとしていた。やる気はしないが宿題でもやろうとしていた時、誰かが玄関のベルを鳴らした。こんな時間に誰だろう? 葉子はある予感がして、インターホンに出る前に玄関を開けてしまった。そこには昨日の男が立っていた。