五右衛門風呂の変
時刻は夕方を過ぎた。携帯電話が圏外のため葉子は自宅に連絡することができない。明日は日曜日だからそこまで問題はないし、除霊の仕事は泊まり込むこともたまにはあるので大きな問題になることもないだろう。
そんな葉子だが鬼村宅で風呂に入ろうとしている。清は起きる気配がないし、することもない。ましてや1日働いた後であるため少なからず汚れている。着替えなどは持っていないが風呂に入らないより余程ましだろう。
場所だけは知っているものの薄暗い。そして見たことのないタイプの風呂だった。まるで大きな鍋のようで、葉子のサイズなら10人は同時に入れそうだ。
時期は年末、ましてや夜。葉子は早く風呂に入って暖まりたかった。普段なら掛け湯をしてから入る葉子だが、シャワーがない上に洗面器が大きい。とても葉子に持てる重さではなかった。そして何より寒い。葉子はもう我慢できず湯船にいきなり入ってしまった。そして……
「うっひゃおぅーっ!」
水風呂だった。
「ちょ、ちょちょ、ちょっとぉー! 鬼村ささ、さーん! み、みみ、水じゃないですかかかーー!」
葉子はガタガタと震えている。葉子が叫んでからおよそ二分後。
「あぁん? 何じゃあ? お前このさみいほに水風呂派かぁ? 変わっちょるのぉ。」
葉子は全裸なのだが、鬼村は平然と浴室の扉を開けた。
「ち、ちち、違いますぅ! さ、寒い、ですよぉ!」
「あぁん? そんならなっし風呂焚かんほかいや? 好きにせえって言うたじゃろうが、あぁ?」
「ふ、ふふ、風呂をたく……? って何ですか……?」
「あぁん!? おどりゃあそねぇなことも知らんほかぁ!? 適当に火ぃつけりゃあえかろうが! 服着たら出てこいや!」
22世紀である。好き好んで五右衛門風呂に入る現代人はほぼいない。よって風呂の焚き方を知っている女子中学生などまずいないだろう。
葉子が案内されたのは浴室のすぐ外。そこにはA4程度の広さの焚口があった。
「ここじゃあ。こん中に火ぃつけりゃあええんじゃ。薪ぁ好きなもん使えや。」
「あ、あの……火ってどうやってつけるんですか……」
「あぁん? そこにマッチがあるじゃろうが! ワシらはそねぇな面倒なことぁせんけどのぉ!」
葉子はマッチなど見たこともない。そもそもライターですら使ったことがない。生活に全く必要でないからだ。
「あ、あの、鬼村さん……」
「なんじゃあ?」
「全然分かりません……マッチって何ですか……風呂をたくって何ですか……」
「おめぇマジかぁ? よぉそねぇなのぉ? そんなんで今までどねぇして生きてきたんじゃいや? まあええ、要はおめぇ風呂も焚けんってことじゃのぉ?」
「は、はい!」
「信じられんのぉ……おめぇ嫁の貰い手がのうなるでぇ?」
「よ、よめ!? べ、別に私せんせぇのところに嫁入りできたらいいなーなんて思ってないこともないんですからね! ど、どど、どーしてもってせんせぇが言うんなら! よ、嫁入り、し、し、ししても、い、いい、んですから!」
「おめぇ何言いよるんじゃあ? それよりもじゃ、今時のおなごぁ風呂も焚けんほかぁ? そんなんでどねぇして嫁に行くつもりなぁ!? ワシぁ知らんけぇの?」
「や、やります! わ、私! 風呂をたけるようになって! せんせぇのところに嫁入りするんですから!」
「ほお? それかぁ。そんならせいぜいがんばれや。一番風呂はくれちゃらあ。ワシぁおめぇの後でええわい。」
鬼村は風呂の焚き方など教えるつもりはないようだ。と、言うより焚き方も何も鬼村の感覚では風呂なんて適当に薪を燃やせば適温になる、程度の認識だ。学年で成績トップの葉子ではあるがどうやって風呂を焚くのだろうか。
その頃、葛原家では。
「葉子が帰ってないだって!? どういうことだ!」
「さあ? 除霊のお仕事なんでしょ。チャンスね。あの子ったらチャンスをモノにできるのかしらね?」
「チ、チャンスだと!? い、一体何の!?」
「もうあなたったら野暮なことは言わないの。それより、ねぇ? 葉子が帰って来ないってことは……二人きりよ?」
「い、いや、待て待て! 捜索願いが先だ! 警察と山岳救助隊と空軍に連絡をしないと!」
「だーめ。今夜はとことん……ね? 私、二人目は男の子がいいわ。」
「マ、ママ!?」
夫婦の夜は更けていくようだ。
そんならなっし風呂焚かんほかいや?
→それならなぜお風呂を沸かさないのですか?
おどりゃあそねぇなことも知らんほかぁ!?
→あなたはそんなことも知らないのですか?
よぉそねぇなのぉ?
→よくそんな風ですね?