祓い屋の危機
「あの……せんせぇ……もうとっくに10秒過ぎてますけど……」
「だったらどいてくれ……」
清の顔色はよくない。疲労が色濃く現れている。汗もすごい。
「せんせぇ……もしかしてヤバいですか?」
「ちょっとな……霊力を使いすぎた……強力な悪霊だったからな……すまん、もう少し休ませてくれ……」
「じゃ、じゃあ膝枕なんかしちゃったりして……」
清の返事はない。すでに意識を失っている。
「せ、せんせぇ? 大丈夫なんですか? 起きないんならあんなことこんなことしちゃいますよ? ぐへへ……ここは山奥……誰も邪魔は入らないんですから……」
清の返事はない。いや、それどころか背中から地面に倒れ込んでしまった。
「ちょっ、せんせぇ! せんせぇったら!」
もちろん返事はない。
「こーなったらもう! せんせぇのくちびるを! いただいちゃいますからね! 本気ですよ!」
唇を尖らせて清の口に近づける葉子。うーんむ、という音まで聴こえてきそうだ。
あと10cm
5cm……
2cm……
1cm……
「おんどれらぁこねぇな山奥で何しよんなぁ?」
「ぴぎゃあああああーーー!」
現れたのは身の丈3mをゆうに越えた赤鬼だった。突き出た2本の角、虎柄の腰巻、燃えるように赤い地肌。どこからどう見ても赤鬼だった。
「あぎゃぴぃ! ち、ちち、違うんです! べ、別に私、その、せんせぇが寝ているのをいいことに唇を奪おうなんて! こ、ここ、これっぽっちも思ってないですから! ほんとなんです!」
「なんじゃあ? 祓い屋ぁ寝ちょぉんのかぁ? こねぇな山奥で呑気なもんじゃのぉ? さっきぁえれぇ強ぇ霊力を感じたからのぉ。ちぃと気になって寄ってみたらこれかぁ。祓い屋も情けねぇのぉ。おぉ?」
「ち、ちち、違いますよ! せんせぇは情けなくなんかないですからね! ちょっと火星から帰ってきたばっかでまだ調子が出ないだけなんですからね!」
「ばかやろぉ。こねぇなとこで寝ちょったら食われて終わりじゃあや。それとも嬢ちゃんがこいつを守るってぇのか、おぉ?」
「え? 鬼村さんってそんな趣味があったんですか!? せんせぇを食うってそんな……」
どうやら現れた赤鬼は鬼村だったらしい。葉子も知らない仲ではない。命の危険はないのだろう。
「ああ? ワシぁ男は食わんぞ? ワシが食うのは親の言うことを聞かん悪い子だけじゃけぇのぉ。それも9歳から17歳のおなごだけじゃあ。それ以外の人間は他の化け物どもに任しちょるけぇのぉ。」
「はは……私はいい子ですよ! 親の言うこともバッチリ聞いてますもん! 勉強だってしっかりやってますもん! た、食べないでくださいね……いくら私が美少女だからって……」
「お、おお……おめぇの霊力は胃にもたれそうじゃからのぉ。食やぁせんいや。んで? どうすんじゃ? おめぇが祓い屋ぁかついで帰るっつうんか、おお?」
「む、むむ無理です! 助けてください!」
「ほぉう? ワシらぁ魑魅魍魎に助けぇ求めるんかぁ? それがどねぇな意味か知っちょるんじゃろうのぉ?」
「知りません! 対価に魂を差し出すとか! 体を与えるなんて知りません! でも助けてください! せんせぇが何でもしますから!」
「げあっはっはぁ! おもしれぇでのぉ。ええんかぁ? 祓い屋が欲求不満のグラマーな雌鬼に一晩付き合うはめになるかも知れんでぇ?」
「だっ、だだ、だめですだめです! グラマーでボイーンなデーハー鬼さんなんかだめです! まだ鬼村さんがせんせぇを襲う方がマシです!」
「ワシぁ男は好かんでぇ? まあええ。今日のところぁ助けちゃらぁ。今度あの酒持って来いや。分かったのぉ? おめぇが一人で持って来るんでぇ?」
「わ、私一人で……そんな……いくら私がピチピチな女子中学生だからって……お山の奥深くであんなことこんなことを……でも、分かりました! 絶対行きます! だから助けてください!」
「えかろぉ。おめぇは歩いてついて来いや。」
鬼村は清を猫の子を摘むように持ち上げた。そして葉子の方を見向きもせずに山奥に向かって歩き出した。
「あっ、待ってくださーい!」
登山道と獣道の中間ぐらいの歩きにくい道を二時間ほどかけて通り抜け、葉子の知っている鬼村達の村に到着した。その間、清が目を覚ますことはなかった。
「おら、そこらに寝かっしょけや。そんで適当にこれでも飲ましちょけ。風呂やら入りたきゃあ好きにせぇ。場所はだいたい分かっちょろうのぉ?」
「はっ、はい! ありがとうございます! 使わせていただきます!」
清と何度も訪れた鬼村の家。平家だが広い造りである。鬼村のサイズに合わせてあるから当然かも知れない。
「腹ぁへったら来いや。好きなもん食わせちゃるけぇのぉ。」
「ありがとうございます! ぜひいただきますぅ!」
鬼村はかなり親切なようだが……
果たして葉子の身の上は……