久々の共同作業
そんな葉子を連れて清は現場へと到着した。およそ1ヶ月ぶりの除霊の現場だ。ほんの少しだけ高揚していた。
「さてと、今日の相手は悪霊だ。それもパワーばかり大きく頭の悪いタイプだ。対話はほぼ不可能だろうが君の役割はひたすら悪霊に話しかけることだ。ただし姿が見えたらの話だがね、いいな?」
「オッケーでーす! せんせぇのパートナーは私にしかできませんもんね! あんな乳お化けなんかにはできないってところを見てくださいよぉー!」
乳お化けとは誰のことか清には分からなかったが、まあいいかとスルーした。
「じゃあ追い出すからな。結界から出るんじゃないぞ?」
「分かってますよぉ。ここから出ずに話しかけたらいいんですよね!」
「そうだ。絶対に出るなよ?」
「はーい!」
そう言って清は廃墟の中へと歩いていった。葉子にとっては見慣れたいつもの光景だった。
待つ時間とは嫌なものだ。清の腕は信頼しているが、それでも心配なものは心配なのだ。たった数分が何時間にも感じてしまうほどに。
そして嫌な予感とは的中するもので……
「せんせぇ!」
清の姿が見えた。廃墟から出てきたのだ。
しかし、様子がおかしい。
「せんせぇ! 大丈夫なんですか!」
結界の中にいる葉子には声をかけることしかできない。
「ぐふっ、やられちまったよ……」
「そんな! せんせぇ! しっかりしてくださいよぉ!」
「俺はもうだめだ……お前だけでも、逃げろ……あの悪霊はやばい……師匠に連絡を……」
「師匠!? せんせぇのせんせぇですか!? あの乳お化けですよね!」
「あ、ああ……後は頼んだ……」
そう言ってその場に崩れ落ちる清。そんな清を目の当たりにして一気に冷静さを取り戻した葉子。口を閉ざし何もしない。
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「ああ……せんせぇが死んじゃった……でもおかしな気分……せんせぇを見てると……体が熱くなってきちゃう……」
そう言ってコートを脱ぐ葉子。季節は冬、もうすぐ新年が来ると言うのに。
「ああ……せんせぇ、私のせんせぇ……せんせぇを見てると指が、私の指がいけない所を触ってしまいそうになりますよぉ……」
ジャケットまで脱いだ葉子。とても寒そうに見える。
「せんせぇ……せんせぇ……私を置いて行かないよね……私はせんせぇのものなんだから……一緒に……」
ついにベルトも外し、厚手のズボンまで脱ごうとしている。
「お、おお、お前はそんなにも僕のことを想ってくれていたのか……おかげで蘇ったよ……さあ、おいで。一緒に、一緒に幸せになろう……」
気を失ったはずの清が何か喋っている。
「せんせぇ! 大丈夫なんですかぁ! 」
「ううっ苦しい……持病の癪が……助けてくれ……膝枕で……」
「せんせぇ! しゃくって何ですか!? 知りたいです!」
「ううっ……癪とはな……分からん……昔からこう言うもんなんだよ……」
「せんせぇってもしかして馬鹿なんですか?」
「何だと! 僕が馬鹿なわけないだろう! 尋常高等小学校始まって以来の秀才と言われた僕だ! 九九の唱和で僕に勝てる者はいなかった! 敵性言語だって僕が真っ先に覚えた!」
「さっすがせんせぇ! かっこいーい! ところでてきせー言語って何語ですかぁ?」
「ああぁん!? そんなことも知らんのかぁ! 鬼畜の米炉! 討ちて死山ーん! って言葉を知らんのかぁ! 貴様それでも大日本王国民かぁ! 鬼畜のコメリカ連合国とロビエト連邦国を知らんとぬかすかぁー!」
「知ってまーす! 授業で習いましたもーん! ロビエト語は難しいけどコメリカ語なら話せますよー! せんせぇアイラビュー!」
「ぐおおおーおおぉーー! 敵性言語じゃぁぁおーー!」
さっきまで清の姿を装っていた物は、もう正体を隠す気などないようだ。もっとも、ずいぶん早い段階で葉子にバレていたようだが。
「あ、せんせぇお帰りなさーい。ご褒美は何ですかぁ?」
「ゲッゲッゲぇ、僕ぁお前の先生なんかじゃないぜぇ! お前は今から僕に骨まで食われるんだからなぁ! 後悔しても遅いんだぜぇ! ぶっころしてくってなめてしゃぶってやるからなあ! そんで魂もおいしくねぶってやるもんなー!」
「せんせぇ。私いい仕事しましたよね? ね? えへへぇ!」
「ゲッゲッゲぇ! なーにバカなこと言ってんだあ! おめぇは僕の餌なんだよぉ! おいしくねぶりあげ……」
辺りを白い光が埋め尽くす。目も開けられないほどの光だ。
「あー疲れた……終わったよ。マジで厄介な悪霊だったよ……」
「せんせぇ! 私の演技のおかげですよね!? しっかり悪霊を引きつけてましたよね!?」
「ああ、いい演技だったな。ボーナス確定だ……」
本物の清は精も根も尽き果てたといった面持ちで座り込んだ。
「ボーナスなんかいいんです! それよりきつく抱きしめてください! いいですよね!?」
「あー、少しだけな……」
結界を飛び出し、清に飛びかかる葉子。
「あ、あのー、せんせぇ? 胸板が厚くて、熱くて気持ちいいんですけど……」
「あと10秒だけ許してやる……」
迫りくる葉子をアイアンクローで受け止めるつもりの清だったが、疲れのためか少々手元が狂ったらしく胸で受け止める形となっていた。夕暮れ間近の山奥、周囲に人気はない……




