帰ってきた清
火星から帰ってきた清は多忙を極めていた。
当たり前だ……1ヶ月も留守にしていたのだから。そして季節は年末。人も霊も忙しなく動き出す時期なのだ。
「師匠、留守の間ご面倒をおかけしました。おかげで助かりました。」
「おお、モーリーから聞いた時は全く理解できなかったぞ。民間人を乗せてうっかり発射って。もちろんニュースにはなってねぇ。HASA始まって以来の大スキャンダルだよな。」
今回の件は公表されていない。可哀想な清は火星でもロケットから降りられず、現地の人間と一切接触することもなかった。火星に残った職員も決して語ることはないだろう。
ちなみに片道で2週間。大昔は片道で2年かかっていたことを考えると素晴らしい進歩である。なお今回は地球と火星が最接近する日を挟んで往復したことも早い理由の1つらしい。
「昔は長く宇宙にいると体が弱ったんだそうですね。今はそんなことなくて助かりましたよ。」
「へぇ、そうなのか。ハイカラな時代ってとこか。それにしてもお前、いい休暇になったみたいだな。霊力が充実してるぜ。」
「まあ、他にすることもありませんでしたから……ずっと船内で基礎の修行ばかりやってましたよ。たまにはいいもんですね。」
基礎の修行だけでなく霊力を駆使してロケットの整備に手を貸したこともあった。
「それなら俺も安心だ。あの子にもよく言っておけよ。」
「分かってますよ。じゃあ師匠、これお土産です。火星饅頭とマルデミアナッツ、それからこれを……」
「そんな重てえもんはいらんよ。菓子だけ貰っとくぜ。じゃあな。」
「師匠……ありがとうございました!」
唐沢が重いからいらないと断ったのは小切手。額面は1億2000万円。清が留守の間に唐沢が片付けてくれた仕事代である。また、この事務所の合鍵を持ち、セキュリティ解除の方法を知っているのは葉子だけであるため、モーリーを通して唐沢に連絡をし、唐沢が葛原家を訪ね、葉子に事務所を開けてもらったという経緯がある。
また、責任を感じたボビー・タイラーは自らの秘書、常盤を遣して事務処理を担当させていた。
「唐沢先生にはゲンジ・コンツェルンよりなされたお仕事の費用をそっくりそのままお渡しすることになっております。ですから阿倍野先生は何もお気になさらないで大丈夫ですわ。」
「そうでしたか。ミナモト総帥も気を使ってくれるものですね。」
「当然ですわ。人間1人をいきなり宇宙に飛ばしてしまったのですから。阿倍野先生の失った時間は返ってきませんもの。でも、ご無事で何よりです。」
美人秘書常盤の濡れた瞳が清を見つめる。見つめ返す清、そっと距離を詰める常盤。
「だめええええーーー!」
パッと離れる二人。葉子だ。葉子が現れたのだ。いつの間にか時刻は放課後を過ぎていたらしい。
「せんせぇ! せんせぇせんせぇーー! お帰りなさぁぁぁーーーーい!」
清に飛びかかる葉子。その腕で受け止める清。
「ああっ! せんせぇ! そんなにも情熱的に私を抱きしめてくれるんですね! あっ、も、もっと強く、い、いや、でも痛い、頭がいたぁーーい!」
もちろん清はアイアンクローで受け止めたのだ。
「ただいま。」
「うえええーん! おかえりなさぁーーい!」
飛びつこうとする葉子をアイアンクローで押さえたまま平然と挨拶をする清。この事務所の日常が戻ってきたようだ。
「では阿倍野先生。私はこれで。」
「あ、ああどうも。お世話になりました。タイラーさんによろしくお伝えください。」
せっかく常盤といい雰囲気だったのに……清は内心かなり悔しがっていた。その分指にも力が入るというものだ。ギリギリ、ギリギリと……
「あ、あのーせんせぇ……抱きしめてくれるのは嬉しいんですけどぉ……ちょっと痛いかなーって……」
「久しぶりなんだ。しっかり味わってくれていいぞ。遠慮するな。」
「味わう……せんせぇを味わう……せんせぇの全てを私の身体で味わう……つまり……えへへへへへへへへへへへ……」
さすがにやり過ぎたのかと手を離す清。
「あ、も、もっと、せんせぇ……」
「それはそうと、これだ。先月、夜中の仕事で頑張ってくれた分の給料だ。色をつけておいた。お母さんに何か買って帰ってあげるのもいいだろう。」
そこには中学生が受け取るには不自然な厚みの封筒があった。
「えろをつけた!? そんなぁせんせぇったら……私に会えなくて寂しかったんですねぇ?」
ロケット内では女っ気がなくて寂しかったからな。今夜はどの店に行こうか。なんて考えている。
「聞いたぞ。師匠をしっかりアシストしてくれたらしいな。よくやってくれた。」
「えへ、えへへ、だってせんせぇのせんせぇですもん! 合鍵持ってるのだって私だけ、私だけなんですから! えへ、えへへへへへ……」
たった1ヶ月会わなかっただけで、葉子は一層おかしくなってしまったらしい。高校受験を控えた中学3年生がこんなことでいいのかと、思い悩む清だった。




