二大企業
翌朝。ヒコットランド随一の高級ホテル『ヒコティッシュグランドインターロマネスクホテル』の最上階、インペリアルスイートにて清は目を覚ました。
「ううーん、昨日は楽しかったな。いい酒だった。おっと、魔女さん、魔女さん。起きて下さい。」
隣に眠る魔女を揺すって起こす清。
「むにゃむにゃ……あと5年……」
あと5分と言いたいのだろうか? 早々に起こすことを諦めた清は一人バスルームへと向かう。
熱いシャワーに打たれると、昨夜の記憶がありありと思い出される。
ひたすら飲み続ける魔女。美人秘書といい感じになりそうなタイミングで邪魔をする魔女。出された料理を食べ尽くす魔女。美声を披露する魔女。寝るから付いて来いと言う魔女。そのままベッドで眠り込む魔女。清も限界だったのでそのまま隣に眠り込んでしまった。美酒に美食以外は特に何もない夜だった。つまり、美人秘書と何もなく残念な清であった。
さて、そんなスイートに迎えが来た。タイラーの秘書、常盤である。
「おはようございます。ぐっすりお休みできましたか?」
「おはようございます。ええ、よく眠れました。いい部屋は違いますね。」
「それはよかったです。もう出発しても大丈夫でしょうか? 魔女さんは……」
「ああ、寝かせておきましょう。お疲れのようですから。」
そう言って常盤と外に出る清。
「では打ち合わせ通り、子種ヶ島まで移動します。屋上へ行きましょう。」
屋上にはヘリが待っており、中にはボビー・タイラーも乗っていた。
「タイラーさん、おはようございます。昨日はどうもありがとうございました。」
「いや、楽しんでくれたなら重畳だ。今から宇刃空港に向かう。そこで乗り換えて子種ヶ島だ。」
「了解です。そういえばなぜ子種ヶ島に行くのか聞いていませんでしたね。」
「非常にバカらしい事情なのだがな。ゲンジ・コンツェルンは知っているだろう?」
「ええ、もちろん。」
西日本を代表する企業がヘイケ・コーポレーションならば、東日本を代表する企業はゲンジ・コンツェルンである。そして、ヘイケ・コーポレーションの総帥モーリー・タイラーとゲンジ・コンツェルンの総帥ヒカル・ミナモトは大学の同期でもあるが、非常に仲が悪かった。
ボビー・タイラーの説明によると……
酒の席で話題として清が所有するダイヤモンド『希望のアダマス』の話になったらしい。邪魔口県に本拠地を構えるだけあってモーリーはその手の話には詳しい。触らぬ神に祟りなしだな、と話は終わりかけた。
そこに食いついてきたのがヒカル・ミナモトだった。
ゲンジ・コンツェルンが手がける宇宙事業の一つ。火星への人類移住は順調に進んでおり、現在火星には千人ほどの人間が住んでいる。そんな時代において呪いだの祟りだの正気かと。
売り言葉に買い言葉、それなら次の火星行きのロケットにそのダイヤを載せてみろ。無事だったらそのままくれてやる。そんな度胸があるならな。
おうやってやるよ。時価数十億程度のダイヤごときじゃあロケットの燃料代にもならないけどな。乗組員のボーナスにちょうどいいわい!
というようなことがあったらしい。
「タイラーさん……それはいくら何でも……危なすぎますよ。ロケットが爆発するぐらいならまだいいですよ。もし、こいつが無事に火星まで到着してしまったら……」
「それは私も何度も言った。しかしどっちのジジイも意地になっていてな。全く聞く耳を持たないのだ。」
「そりゃあ私としてはこの機会に手放せるならそれでいいですけど……」
「一応現地で再度説得するつもりではあるがな……」
巻き込まれる乗組員や火星の住人にはいい迷惑なのではないだろうか。さすがの清もそこまで話が大きくなってしまっては自分の都合だけで物を言うこともできない。真っ当な宇宙飛行士や無辜の火星の住人にまで迷惑をかけるのは本意でないのは当然だ。
そしてヘリコプターは宇刃空港へと到着した。




