早鞆瀬戸に浮かぶ島
渡海市役所にて。
「お待ちしておりました。ボビー・タイラーの秘書、常盤 静でございます。先日はお世話になりました。」
「こちらこそ。タイラーさんには助けられました。」
どうやら秘書が迎えに来たらしい。
年の頃は25。黒髪、ポニーテール。スレンダーな体型なのに出る所は出ている。深いスリットの入ったタイトスカート。もう清はボビー・タイラーのことなんかどうでもよくなっていた。
「ヘイケ・コーポレーションの業務はハードだと聞いておりますが、体調は大丈夫ですか?」
「はい。タイラーにはよくしていただいておりますので。この間も私がくしゃみをしてしまったところ、タイラーからすぐに暖かくして帰って暖かくしてゆっくりと暖かくして休むよう言われてしまいまして。心配性な暖かい上司を持つと大変です。もちろん暖かいその日は引き継ぎを済ませてから暖かくして帰ってゆっくりと暖かいベッドに入り暖かくして夢うつつでのんびり暖かく過ごすことができました。」
「はは、そうですか。少し寝ますね……」
ヘリコプターはかなりうるさい。いや、それは過去の話だ。現在のヘリコプターは静かな乗り物である。まるで太古の昔に持て囃された車、ハイブリッドカーのように。
「阿倍野さん、阿倍野さん。到着いたしました。」
「はっ、ああ。すいません、ぐっすり眠ってしまっていたようで。」
「私の膝枕でそこまで熟睡していただけたとは光栄です。ぜひお帰りの際もご用命くださいね。」
「い、いつの間に。大変失礼をいたしました。」
「いえいえ、私が勝手に席を動いてやっただけのことです。タイラーには内緒にしておきますね。」
美人秘書恐るべし。
「朝からすまない。よく来てくれた。」
「いえ、タイラーさんにはお世話になってますから。これぐらい何でもありません。」
清は長いものには巻かれるタイプだ。
「さて、例のダイヤだが現在岩龍島にあることまで分かっている。」
岩龍島とは邪魔口県と福犯県を隔てる早鞆海峡に浮かぶ小島である。
遥かな昔、二人の剣豪が雌雄を決した場所としても有名である。
「それから先に報酬のことを話しておこう。拘束は最大で3日。これに対して1億払う。 早く終わってもだ。それから成功報酬で2億。いかがだ?」
「いいですよ。妥当なところかと思います。」
億単位の金に顔色を変えない清。さすがに邪魔口県若手ナンバーワンだけあるようだ。
「よし、では岩龍島へ行く。そこで現場を見ながら説明しよう。」
「分かりました。お願いします。」
ヘリに乗ることわずか5分。一向は岩龍島へ到着した。
「さあ、こっちだ。来てくれ。」
ボビーに案内される清。一体何があると言うのか。
歩くこと3分。そこには……
「あれだ。あそこに『希望のアダマス』が落ちている。だが……」
なんと、そこでは二人の剣豪が戦っているではないか。どちらも満身創痍、しかし一向に決着がつく気配はない。それも当然だろう。なぜなら……
「あれってもしかして、宮本六三四と佐々木大次郎……の悪霊ですか……」
「そうだ。詳しい事情は分からんがどちらも当時の決着に遺恨を残していたらしくてな。そこになぜか『希望のアダマス』を奪い合うことで決着をつけようとしているらしい。」
「でもこれ悪霊同士なんですから永遠に終わりませんよね。だから私が呼ばれたってことですね……」
「そうだ。ダイヤだけを掠め取ろうにも近寄れば殺されかねん。悪霊である上に剣豪だからな。」
「ですよね……分かりました。なんとか、します……」
「ほう、さすがだな。早速何か思い付いたか?」
「ええ、西の魔女さんの所でこれを買って来てもらえませんか?」
「ふむ、分かった。一つでいいんだな?」
「ええ。すいませんがそれまで寝かせてもらいますね……」
そう言って清はその場にへたり込んだ。
「おい、清。起きろ。起きねばズボンを脱がせて粗末なモノを見てやるぞ。」
「……魔女……さん?」
「おう。お前が困ってると聞いてな。助けに来てやったぞ。」
「……で、本音は?」
「剣豪同士の対戦なら見たいに決まっているだろう。」
「私の粗末なモノより見たいですか?」
「ば、ばか! あれは物の例えだ! 本当に見るわけないだろ! ばか! 清のばか!」
西の魔女は意外に純情なのだ。
「で、対戦を見てどうでした?」
「ぜんっぜんおもしろくない。あれって本人達とはほぼ関係ない残存思念じゃん。しかも悪霊化してるしさ。技も仕掛けもあったもんじゃない。まだ子供達の剣道の試合を見た方がマシだ。」
「ですよね。で、タイラーさんにあれは売っていただけましたか?」
「ああ、売ってやったさ。」
「では阿倍野よ。これをどうするのだ?」
「ええ、こうするんですよ。」
清がボビー・タイラーから受け取ったのはハワイなどでよく見られる首にかけるアレ。レイだった。清はそれに霊力を込め……
「鋭っ!」
宮本六三四の悪霊の首にかかるよう飛ばした。 運が良かったのか、清のコントロールがよかったのか。レイは見事に六三四の首へとかかった。
すると、六三四の悪霊がやや大きく、力強くなったように見えた。そうなると、永遠に続くとも思われた戦いの均衡も崩れてくる。天秤は段々と六三四に傾きつつある。
「あのレイは一体何なのだ?」
ボビー・タイラーの疑問も当然だろう。悪霊が突然強くなったのだから。
「あれは私達霊能者がごくたまに使うブースターです。あれを首にかけると霊力が活性化して一時的に強くなるんです。」
「なるほど。悪霊は退治するだけが能じゃないってことだな。勉強になった。」
「副作用も酷いがな。全く清め、楽をすることばかりに頭を使いおって。」
ちなみに商品名は『オーバーレイ』と言う。
均衡の崩れた戦いが終わろうとしている。佐々木大次郎の悪霊は今にも消えてしまいそうだ。一方、宮本六三四の悪霊も苦しそうに剣を振っている。
「さて、そろそろですね。」
清は二体の悪霊の周囲を歩きながら地面に何かを落としている。決して悪霊に近づかないよう慎重に。
「魔女殿、阿倍野は何をしているんだ?」
「結界を張っているのよ。清はヘタレだからな。あの程度の悪霊でも慎重に対処してるのさ。まっ、だから生きていられるんだろうがな。」
「なるほど。つくづく勉強になる。それはそうとあのダイヤだが、魔女殿ですら対応不可能だと聞いたが。本当なのか?」
「いや、まあ、その、全力でやればできなくはないんだが……その場合ちょいと今後に差し支えるって言うか……えーい! 乙女の秘密を聞くんじゃない!」
「そうか。それはすまない。つまり不可能なのだな。果たして現代科学で対処できるのやら……」
ようやく清の準備が終わったようだ。地面に何やら杭を突き立て祝詞を唱え始めた……
誤字報告ありがとうございます!
めっちゃありましたね!
申し訳ありませぬ!