ネイキッド ブルー
過去編です!
邪魔口県渡海市。県の北西部に位置し、海にも山にも不自由していない地域である。この県が首都になるなんて誰一人予想もしてなかった頃。ある小学生の集団が山へピクニックへと出かけた。朝出発して午後3時には戻ってくる予定だった。それが4時を過ぎても戻ってこない。携帯を持っている子も数人いるが、山は圏外である。引率の大人はいない。この地方では山でも海でも子供達だけで行っても誰も咎めない。行き先と帰り時間を伝えておけば許される風土なのだ。
一体子供達の身に何が起こったのだろうか。
時は遡り昼過ぎ。山頂で弁当を食べた子供達は遊び始める。木に登ったり斜面を滑り降りたり。やがて隠れんぼが始まると、どの子も恐ろしく広範囲に散ってしまった。
そんな子供達のうちの一人、山村 別来がやらかしてしまった。ふと催してしまい、そこらですればいいものをわざわざ道祖神に向かってかけてしまったのだ。親は一体どんな教育をしているんだと言いたくなるが、この子は予想の上を行くタイプだった。墓参りに行けば墓石を標的にする、自宅の玄関前でもおかまいなし。お漏らしをしないだけマシかも知れない。保育園の頃も園の玄関前でしてしまい、保育士に鋏を持ち出され下半身を丸出しにされて次やったら鋏で切るよ! と脅されたにも関わらず改善していなかったのだ。ちなみに父親からは、○○に小便をかけたらちんちんが腫れるぞ! と散々言われていたのに。
いや、そう言われたから確かめずにいられなかったのかも知れない。どの程度腫れるのかと……
やがて隠れんぼも終わり子供達は山頂へ再び集まった。
「楽しかったね!」
「学校で遊ぶほと少し違うけぇね!」
「そろそろ帰ろうよ。」
「うちは今夜カレーなほよ!」
「うわーええなー!」
そんな子供達の下山道。
『待ぁてぇ』
『おいてけぇ』
『命かまらをおいていけぇ』
『まぁてぇぇ〜』
山道の両脇からおどろおどろしい声がいくつも聞こえてくる。
「何なん!?」
「まらって何!?」
「怖いよぉ!」
「走ろ!」
「でも道が!」
来るときも通ったはずの下山道が魑魅魍魎によって覆い尽くされていた。しかし襲いかかってくる気配はない。ほとんどの子供達は足がすくんで動けない。
「ごめんなさい!」
そんな状況に1人の女の子が声をあげた。
「マラって何か分からないけど命は1つしかないから! 私がおいてくからみんなを助けてください!」
すると下山道が少し開いた。通っていいということだろう。子供達は次々と駆け出した。
「ようこも早く!」
「私は行けないよ! おいてくって言ったから……先に行ってて!」
おそらく、ようこと言う子供は魑魅魍魎と約束することの意味を教わっていたのだろう。他の子が全て通り過ぎた頃、ようこは異形の化物に取り囲まれていた。大きいものから小さいもの、人のようなものからそうでないものにまで。
『まらを出せぇ』
『ふじょうなまらはどこじゃあ』
『はよぅだせぇ〜』
『それとも命かぁ〜』
「ま、まらって何ですか……」
『ぬげぇ〜』
『すべてぬいでみろぉ』
『またぐらをみせろぉ』
『はよぉせぇ〜』
手足どころか全身の震えが止まらない。しかし小学生にしてはかなり聡明なのだろう、戸惑いながらも服を一枚一枚脱いでいく。Tシャツ、ブラウス、意味のないスポーツブラ。ショートパンツ、そして最後、水色の1枚。
『だまぁしたなぁ』
『まらがないぞぉ』
『さてはおなごかぁ」
『お命ちょうだいぃぁ』
彼女には何を言われているのか理解できない。言われるままに全てを脱ぎ捨てたのに。いや、靴と靴下を履いているからだめだったのか。そう考えた彼女はもう立っていることもできない状態から必死に靴、靴下を脱ぎ捨てた。しかしそれでも化物の怒りが収まったようには見えない。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
頭を抱えたまま地面に転がるように謝罪を続けている。気丈な女の子である。海や山で遊ぶ時はルールを守りなさいと散々両親から言われている。ゴミは持って帰れ、建造物には触るな近づくな、出会ったら人間でもそうでなくても挨拶をしろ。そして自分は言いつけ通りに行動したつもりだった。何が悪かったのか分からない上は謝罪を続けるしかなかったのだ。
「こんにちは。みんなさんお揃いで何しよるんですか?」
呑気な声だ。おばさん達の井戸端会議に横から参加するぐらいのトーンだ。
『わらしがぁ』
『お室にぃぉ』
『ししをしおったぁ』
『ゆるさでおけぬぅ』
「君は山でお墓みたいな石に向かっておしっこをしたのかい?」
「い、いいえ! してません!」
「違うみたいですね。どんな子供がしたか分かりませんか?」
『わらしじゃぁ』
『おのこじゃぁ』
『まらがあったぁ』
『ししをしおったぁ』
「どうやら男の子がいけない所におしっこをしたらしいね。とりあえず服を着るといい。」
「は、はいぃぃ!」
「さてみなさん。この子に罪がないことは分かってもらえましたね? そこでどうでしょう? 今から私とこの子でお室を磨くってのは? 後日犯人も謝りに来させるか、身元を教えますので。」
『えかろうぉ』
『はらいやぁ』
『わすれるなぁ』
『わすれるなぁ』
『わすれるなぁ』
『わすれるなぁ』
数多の魑魅魍魎は音もなく消えていった。
「ふぅー。危なかったね。さて、行くよ。暗くなる前に終わらせよう。」
「……あのっ、ありがとうございました!」
「まあ通りがかっただけだしね。犯人についても聞かせてもらうからね。」
それから2人はその辺に落ちていたバケツで谷川の水を汲み、着ていたシャツを雑巾代わりに道祖神を磨き始めた。
山奥にポツンと鎮座する高さが1mにも満たないのっぺりとした岩。台座と注連縄が無ければ自然石だと勘違いする、そんな子供もいるかも知れない。
「あの、これって何なんですか?」
「道祖神って聞いたことない? 彼らは『お室』って呼んでるけどね。」
「あ、あります。よく分からないけど大事なものだって……」
「そう。特に彼らにとっては家でもあり墓でもある。先祖でもあり神様でもあるんだ。そこにおしっこをされたらそりゃあ怒るよね。」
「そ、そうですよね……」
「でも、怖かっただろうによく謝れたね。もし君が代表して謝ってなかったら全員食い殺されていたかも知れない。」
「さっきは、その、ただ夢中で……悪いことをしたなら謝らなきゃって……」
「その当たり前のことが中々できないんだよね。さあこんなものだろうね。帰ろうか。」
2人のシャツはボロボロになってしまい、もう着れない。側から見れば犯罪でも起こったかのような格好だが2人は親子のように手を繋ぎ、仲睦まじい様子で山を降りて行った。