葛原家にて
火曜日。清は通常業務を終えて事務所へ帰ろうとしていた。今夜はどこで飲むかな、なんて考えていた。
そこにお約束のように電話がかかってきた。
「はい、阿倍野です。」
「私だ。」
ボビー・タイラーからだ。
「どうもタイラーさん。どうされました?」
「例のダイヤを見つけた。しかし土壇場になって手を出すのはやはり危険だと気付いた。そこで君の助けが欲しい。3日だ。3日ほど、時間を割いてくれないか? もちろん3日分の報酬は出す。」
「分かりました。いつからですか?」
「明日からではだめか?」
「どうにかやってみます。明日の朝ぐらいにヒコットランドに行けばいいですか?」
「いや、それには及ばん。明日の朝、渡海市の市役所、ヘリポートにて。」
「分かりました。多分何とかなります。」
「すまんな。期待している。」
電話を切った清は明日から3日分の予定を反芻する。そして動き出す。行き先は葛原家、葉子の家だ。
「どうも葛原さん、葉子さんに緊急の用事です。ご在宅ですか?」
「まあ阿倍野さん! よく来てくださったわぁ! どうぞ! お上りになって。葉子はもう30分もすれば帰ってくると思いますよ!」
葛原家のリビングで清と葉子の母は向かい合ってコーヒーを飲んでいる。
「それで今日は一体どうされたのですか? 葉子にどのような? 私ではダメですか?」
「明日までに終わらせないといけない除霊が入ってしまいましてね。お嬢さんのお力が必要ってわけなんです。」
「あらそうなんですかぁ? てっきり葉子のようなお子ちゃまに飽きて、熟れた果実を求めてやって来られたのかと思いましたわ。」
「時には熟れた果実もいいものですね。ただ私は他人の『食いくさし』は無理なタイプなんですよ。」
「あら、遊んでるような顔をして意外とウブなのね。お姉さんが色々と教えたくなっちゃうじゃない。」
いつの間にか葉子母は清の隣に座っている。体ごとしな垂れかかり、清に甘えているかのようだ。
「ただいま。お客さんが来てるの、か……」
「こんばんは。お邪魔しております。」
平然と挨拶する清、清の横で平然と「おかえりなさい」と言う葉子母。
「な、祓い屋!さん? ママ!? な、何!? やっての!?」
葉子父は混乱している。
「うふふ、葉子に急ぎの用事があるんですって。」
葉子母はこの後に及んでも清から離れない。
「いや、それは、分かたけど……ママ何やてんの……」
葉子父の混乱ぶりが止まらない。
「んー、祓い屋さんがいつまで経っても葉子に手を出さないから、もしかして年上好き? なんて思って確認してたの。」
「マ、マママ……ママ?」
「残念ながら私にも手を出す気配が全然なかったわ。あーあ。だからパパ、今夜はたっぷり慰めてもらうわよ? たっぷりね?」
「あ、ああ……」
清は聞きたくもない夫婦の会話を聞きながら、やはり親子か……などと考えていた。
ようやくパパの混乱が落ち着いて来たようだ。
「なるほど、それで今夜急ぎで葉子の手が欲しいと。」
「そうです。夜間に子供を働かせるのは迷うところですが、背に腹はかえられませんもので。」
「分かりました。判断は葉子に任せます。もうしばしお待ちを。」
「さあさあ、その間にカレーでもどうぞ。」
「いただきます。」
清がカレーを食べ終わる頃、葉子は帰ってきた。
「ただいまー、もー石神先生がやたら機嫌が悪くて大変な、せんせぇー! どうしてうちに!? あ! ついに結婚ですか! 結納ですね! 披露宴ですよね!?」
「ビジネスだよ……」
飛び付いてくる葉子をいつも通りアイアンクローで抑え込む清であった。




