カフェの経営者
土曜日、清は午前10時ごろに金蔓社長にカフェの経営を担当する人材の紹介を受けた。
「亀津 吝介と申します。」
「どうも、阿倍野 清と申します。今回の件ですが、あらかたの話は聞かれておりますね?」
「ええ。新装開店するカフェの経営を取り仕切ればいいんですよね。それも3ヶ月は住み込みで。」
「そうです。赤字を出すのは全然構いません。まずいのは嘘と裏切りです。そこだけ注意すれば居心地のいい職場となるでしょう。」
「ええ、分かっております。もっとも、私がテコ入れした店に赤字が出るとは思えませんが。」
「そうですか。期待しております。では昼からは山登りです。もうすぐ出発しますので、それまではゆっくりされてください。」
清は一抹の不安を抱いたが、自分には関係のないことなので気にしなかった。
そして12時。3人で軽く打ち合わせをしていると、葉子がやって来た。
「せんせぇー! こんにちはー! 色々と聞きたいことがあるんですよぉー!」
「後でな。挨拶しなさい。」
「は、はいっ! バイトの葛原 葉子と申します! 今日はよろしくお願いします!」
「こんにちは。アークトック不動産の金蔓です。1、2回会ったかな。」
「初めまして。亀津 吝介です。まだ26歳の実業家です。今回は金蔓社長にどうしてもと頼まれたので、同行することになったんです。よろしくね。」
金蔓は葉子にさほど興味はないようだが、亀津の態度はあからさまだった。
「は、はは。どうも、よろしくお願いします。」
そして4人は清の車で煙魔の住む処、金宝山を目指すのだった。
道中の車内では珍しく葉子は静かだった。逆に亀津は葉子に興味津々なようで、あれこれと話しかけていた。
「葉子ちゃんは中学生なんだって? どこに行ってるの?」
「附属の方の渡海中です。」
「あぁそうなんだ! 僕も附属の方の邪魔口中だよ! てことは高校は邪魔口高校を狙ってるの?」
「は、はぁ、一応……」
「勉強で困ってない? 僕これでも邪魔口高校では上位5%に入ってたから何でも教えてあげるよ。」
「は、はぁ、どうも……」
ちなみに座席の割り振りは、清が運転席、葉子は助手席。金蔓社長が運転席の後ろ、そして亀津は葉子の後ろだ。よって亀津は助手席と運転席の間から顔をせり出して葉子に話しかけている状態だ。金蔓社長は早々と寝ている。
葉子は清とお喋りがしたそうな顔をしているが、亀津がどこまでも話しかけてくるためどうにもならないようだ。
そしてようやく金宝山の麓に到着。ここからは歩いて登山だ。
「では皆さん、ちょっとハードですが、頑張って歩くとしましょう。」
「いやー先生。これは聞きしに勝る苦難な道のりになりそうですな。」
それでも大会社の社長が自ら魑魅魍魎の領域へと足を踏み入れる覚悟をしたことを、清は好意的に見ていた。
「葉子ちゃん、疲れたらおんぶするから言ってね。これでも体力はある方なんだよ。」
「は、はぁ……」
「それはだめです。うちはバイトにそんな軟弱なことを許してません。」
清の厳しい言葉に葉子はなぜか嬉しそうに顔を縦に振っている。
「えらく厳しいんですね。こんな可愛らしい子を相手に……」
「祓い屋の仕事ですからね。体力も含めた実力のない者から死んでいきます。さあ、ゆっくりですがペースを落とさず登りますよ。」
歩くこと1時間と半。誰もが疲労のため無言となっている。清は別だが。
「祓い屋さん……この道さっきも通りませんでしたか……?」
「通りましたよ。もう4回目ですね。ちなみにもう2回通ります。頑張ってください。」
「はぁ!? アンタ何言ってんだ!? 正気か!?」
「プッ……」
思わず葉子は吹き出した。亀津があまりにも自分と同じことを言っているからだ。
「道順ってものがあるんです。ピクニックじゃあないんですから。まあ降りる時は気にしなくていいんですけどね。」
「まあまあ亀津君。餅は餅屋だよ。先生の言う通りにするのが一番さ。」
金蔓社長は汗まみれになっているが、思考も言葉も明瞭だ。
そしてさらに1時間。ようやく煙魔の庭園が見えた。
「うわっ、すごい……こんな山奥に?」
「ほほぉ、これは聞きしに勝る優雅な庭園で。先生の一押しというのも無理はないですなぁ。」
なぜか葉子は得意顔だ。
「さあ、この庭園を抜けたら煙魔さんの家ですよ。もう少し頑張りましょう。」
亀津と金蔓は山奥には不釣り合いな純和風家屋を目にして言葉もない。
一体どのようなカフェが出来あがるのだろうか。




