やみきん! ニコニコ商会
月曜日。清の事務所には朝から来客があった。アークトック不動産の社長、金蔓である。
「先生、昨日の首尾はいかがでしたか?」
「上手くいきました。これであの山に道路を通せますよ。」
「おおっ! さすが先生! 他の者では到着すらできなかったと聞いてますのに!」
「そこでカフェの経営に詳しい方を紹介してあげてください。接客までできる方なら最高ですね。」
「いいですとも。お安い御用です。すぐに手配しましょう!」
「経営の上手さより人柄重視でお願いしますね。煙魔さんがその気になったら死ぬまで山を彷徨うハメになりますから。」
「え、ええ。もちろんです。今週末にはご紹介いたします!」
「お願いしますね。決まったら全員で挨拶に行きましょう。」
「よろしくお願いします! ではこちら今回の報酬です。」
金蔓がアタッシュケースを開いて見せたのは、5千万円だった。
「はい確かに。ちなみにあの山は歩いて登る以外の方法はありません。少しだけ節制しておいた方がいいですよ。」
「はは、気をつけます。」
煙魔の住む山にヘリポートはない。例えあったとしてもヘリやグライダーなどの飛行物が近付くと、たちまち濃霧に覆われてしまう。ふもとから自らの足で歩くしかない。
それがこの度山頂を経由する道路が作られることになった。正確にはふもとから登る道路だけではなく高速道路も通り抜けるのだが、煙魔の領域はパーキングエリアとなることだろう。
ちなみにパーキングエリアともなればゴミ問題がある。車の窓からのポイ捨ても深刻な問題だったりする。
しかし清はそんなこと何も気にしていない。ゴミを処理する魑魅魍魎もいたりするためだ。また、例え魑魅魍魎の領域でゴミをポイ捨てなどしても、そんなゴミは翌朝には持ち主の枕元に鎮座していたりする。タバコの吸い殻ですら……
そういった話は邪魔口県に住む者なら半ば常識である。それが高速道路開通となれば、一体どうなるのか。清は気にしてなかった。
金蔓が帰り、事務仕事を終えた清は何気なくテレビを点けた。昼のニュースをやっている頃だろう。
『昨夜未明、県道37564号線で事故がありました。事故を起こしたのは市内の暴走族、霊震愚魔神のメンバーです。リーダーの道汚 柚子乱さん以下5名が意識不明の重体、他16名が重軽傷となっております。現場は見通しのいい直線でブレーキの跡もありませんでした。警察の調べによりますと、ブレーキは故障していなかったそうです。近所の住人は、これでやっと静かになると安堵していたそうです。次のニュースです。今朝……』
「あーあ、やっぱダメか。またあのダイヤが戻ってきてしまうな。」
テレビを消した清は、1人ボヤいていた。
そこに電話がかかってきた。
「はい、阿倍野です。」
『こんにちは。初めてご挨拶させていただきます。私、ニコニコ商会の烏丸 真張と申します。あのダイヤの件でお電話いたしました。ニュースは見られましたね?』
「ああ、どうもお世話になります。ご高名はかねがね。ニュースは見ましたよ。」
『そこでご相談があります。ぜひウチの事務所までご足労いただけないでしょうか?』
「いいですよ。明日の夕方でどうですか?」
『言い方を変えましょう。困っています。助けてください。一刻も早く来て欲しいのです。』
「仕事の依頼でしたら今からでもお伺いしますが?」
『ええ、そうです。依頼です。前金で100万、15分以内に振り込みます。それでいかがですか?』
「いいですよ。それなら2時間以内にお伺いできるでしょう。では後ほど。」
『お待ちしております。』
清が魑魅魍魎相手に地上げをするのに対して、人間相手に地上げなどをするのがニコニコ商会だ。もちろんその業務は地上げだけに留まらず、交渉・仲介・融資など多岐にわたる。彼らは遷都前から県外の大組織を相手に邪魔口の利権を、まあそんなものほとんどなかったが、守り抜いた自負があったりする。
邪魔口が首都となった今でも国内外を問わず非合法組織の侵入を防ぎ、邪魔口の利権を一手に握る強固な組織である。
さて、電話を切ってから1時間半。清はニコニコ商会に到着していた。今日の清はエゲレス、リンドンはセヴィ・ロウ仕立てのスーツを纏っていた。とても祓い屋などという胡散臭い稼業には見えない。
「こんにちは。阿倍野と申します。烏丸さんに取り次いでもらえますか?」
「は、はいー!」
受付の女性が清を見て舞い上がっている。これは清あるあるだ。
清が案内されたのは応接室、にしては古めかしい。やたら『仁義』や『任侠道』などと書いてある提灯が飾られている。
「よくお越しくださいました。私が烏丸です。」
「この度はお世話になります。阿倍野です。早速ですが、どうお困りでしょうか?」
ため息をついて烏丸は答えた。
「例のダイヤですがね……見つからないんですよ。」
「はぁ。それはそれは。」
「一応警察にも私からある程度は事情を話して、聞いてみました。警察も見てないそうです。しかし、いつまでもそのままとはいかないでしょう?」
「そうですね。そこで依頼とは?」
「昨夜のことです。暴走族の道汚って奴から電話があったんです。盗品のダイヤを手に入れたから捌いて欲しいと。まあ、ハンチクなガキの言うことです。どうせガラス玉か、よくてジルコニアかと思ってました。今朝、警察から連絡がありましてね。肝が冷えましたよ。道汚の携帯から最後に発信された番号が私だったものですから。幸い買取の話についてはごまかせましたけど、あのダイヤがもしも! 私を次の持ち主と見定めたなら! 私は破滅だ! どうなんですか! この場合、道汚の奴が買わせようとした私を持ち主と見定めることなんてあるんですか!」
「あぁ、なるほど。分かりました。それはご心配でしたね。大丈夫ですよ。烏丸さんはアレに触れてないのでしょう? それなら持ち主と思われておりませんよ。」
「ほ、本当ですか!? 私は大丈夫なんですね!?」
「ええ、持ち主が死んだ時によくあるんですよ。1週間から3ヶ月ぐらい行方を眩ますんです。そして忘れた頃に私の所に戻ってくるんです。やれやれですよ。」
「道汚からですね、あなたの人相と車のナンバーを聞きましてね。まさかとは思ったのですが、警察から事故の知らせを聞いてあの祓い屋さんのダイヤ『希望のアダマス』だと見当がついたわけです。」
「賢明なご判断でしたね。もうご心配はいらないと思います。私の元へ帰ってくるまでに、もう何件か事件を起こすかも知れませんが、気にされないことです。」
「それにしても厄介なダイヤですな。どうにかならんもんですかね。」
「はは、私も困ってます。師匠の唐沢にもお手上げだと言われてしまいました。では、また何かありましたら、お呼びください。」
「阿倍野先生! ありがとうございました! 残金はおいくらお支払いすればよろしいでしょうか!?」
「今回は相談だけで済みましたので、必要ありません。ではまた。」
こうして会話だけで100万円を稼いだ清。暴走族にダイヤを渡したのはここまで読みきっていたからなのだろうか。
そんな時、清の携帯に電話がかかってきた。運転中だろうと容赦なく電話に出る。自動運転だから当然か。
「はい、阿倍野です。」
「私だ。」