魔女と海坊主
ムカチャッカ半島を後にして、渡海市役所に課長を送り届けた清。魔女が確約してくれたのだ。何の憂いもなく小銭稼ぎに精を出すことができる。もうナマコ霊も出てくることはあるまい。海に平和が訪れるのだ。
「阿倍野よ。魔女はどうやってあの海坊主を鎮めるつもりなのだろうな。うちの先祖、三位の尼ですら自分を人身御供にして鎮めたぐらいだというのに。」
「私のような凡人には分かりませんよ。普通にぶん殴るか説教するか、それでだめなら消し飛ばすか。そんなところでしょうよ。」
「アンタッチャブル、西の魔女か。東の魔女とどちらが恐ろしいのだろうな。」
「きっといい勝負ですよ。どちらも私の理解を超えておりますね。それはそうと、もう帰られますか? 何か食べて行かれませんか?」
「すまないな。すでに時間オーバーだ。慌てて帰らねばならない。今日は面倒をかけたな。困ったことがあったらまた呼んでくれ。」
「いえ、面倒をかけたのはこちらの方で。その上、白井さんの報酬まで面倒をみていただきましてありがとうございます。」
どこまでも面倒見のいい男である。時間がいくらあっても足りないのではないか?
かたや清は、もう仕事をする気分でなくなったために外で飲もうか家で飲もうか悩んでいる最中だ。
海坊主を退治して、名を上げたい気持ちがないわけではないのだが。明らかに手に負えるレベルではない。無謀に突撃するより遥かにマシだろう。そして清は渡海市の回らない寿司屋に行くことに決めた。老舗『はし元』である。
その頃、白井 稀子こと魔女レアリーは三位の浜の上空を経由して只の行浜沖の上空に来ていた。普通に空を飛んでいるだけである。
『海坊主、姿を見せい。見せねば海を干上がらせるぞ?』
すると海中から肩幅100mはあるような巨大な人型の化け物が姿を現した。20間ではなかったのか? 波は大丈夫なのか?
『三位の浜に何用だ? 用件次第では大目に見てやらんこともないぞ?』
おぉおーおぉんにぅあぉーひぃー
『あの遠浅の海辺で日光浴したいだと!? ならば波を立てないようにゆっくり動け。それならば許してやろう。』
おぉあーおぉひぃいぬゃおーぉ
『何? 勢いよく砂浜に滑り込むのが楽しいだと!? ふざけるな! 最後だ! 1度だけチャンスをやろう。この地から去れ。今なら我が家の番人として使ってやるぞ?』
おぉあーぉあぉぉひぃんにぅうーーぉ
『ほう? 知恵なき妖怪の分際でよくほざいたな。特に貴様は言ってはならぬことを言ってしまった。お前は来世もその次もそのまた次も、そこらの蛆虫の体内に住まう名もなき雑菌だ。よかったな。好きなだけゴロゴロしてろ? 永劫にな。』
≪溶鉄の雨≫
≪因果律操作・魅修羅の螺旋≫
鉄をも溶かすような灼熱の雨。海に住まう妖怪に使う術ではない。しかし魔女は使う。使いたいから使うのだ。
海坊主の苦しそうな断末魔が辺りに木霊する。
恐るべし魔女。大妖怪を容易く退治するだけでなく、来世まで確定させてしまうとは。言ってはならないこととは!? 海坊主は何と言ったのだろうか!?
あれだけ巨大な存在が消えてなくなったのに、海は凪いでいる。清が身の程を知り、安心して酒を飲むだけあるのだろう。
それよりも魔女がタイラーに送る請求書。一体いくらと書かれるのだろうか? 沿岸部全てが救われたとするなら1億、2億でも安いだろう。
そして魔女はせっかくこの辺りまで出てきたのだから、たまには外で酒でも飲むかと思い清の事務所へ向かった。しかしUターン……
自分が外で酒を飲まない理由を思い出したからだ。長年ムカチャッカ半島に居を構えているが、彼女は身分証を使えない。所有してはいるのだが、大昔、地租改正とともに身分証を作ったために……誰にも信じてもらえないのだ。固定資産税だって払っているのに。
「はぁ、そろそろ転生しようかな……でも邪魔口が気に入ってるし、葛葉の奴に逃げたと思われるのはシャクだし……」
強者には強者の悩みがあるらしい。
一週間後、三位の浜近辺に広い土地を持つ地主。不可田は忽然と姿を消した。
しかしそれを知る者はいない。不可田から誰かに連絡することはあっても、誰かが不可田に連絡することなどないのだから。連絡がなければ誰しもが、これ幸いと放置しておくことだろう。哀れな男である。
清は只の行浜に海の神、大綿津見への感謝を表すため巨大なナマコの石像を寄贈した。
碑銘は『海の守護者』
キモい、かわいい、ほぅニセクロナマコですか、などなど色んな意見はあるようだが概ね好評のようである。
魔女レアリー©️鳴海陛下