魔女とボビー・タイラー ※
またまた誤字報告ありがとうございます!
歳をとると小さい字が見えなくていけませんね。
二十歳なのに老眼とは辛いものです。
「ハッタリだ! その手には乗らんぞ! 何が海の神だ! たかがナマコのくせに何ができるってんだ! おい課長! 市役所はこんな奴らを信用するのか!」
不可田はまだ分かっていないようだ。
「不法投棄の件は後日警察が話を聞きに来るでしょう。嘘をついてもバレますよ? そんなことより海坊主の件、本当に放置されるんですか? もうあなた1人の問題じゃないんですよ!?」
「うるさいうるさい! 何も知らんもんは知らん! 帰れ帰れ!」
「課長、帰りましょうか。」
清はどうでもいいから帰ろうよ、といった顔だ。しかし清にとっても問題がある。
それは……
清の事務所も沿岸部だということだ。内心では、引っ越すのは面倒だなーなんて考えていた。
「阿倍野よ。いい機会だ。魔女の元へ案内を頼む。きっちり挨拶をしておかねばな。ヒコットランドまで魔女のとばっちりをくっては堪らん。」
「ええ、行きましょう。タイラーさんは初対面でしたか。ならば驚かれることと思いますよ。」
「ほう、それは楽しみだ。課長はどうする? 一度帰らなくてもいいのか?」
タイラー一族は公務員にも気を使う一族なのだ。
「え、ええ。せっかくですから私も魔女様にご挨拶をしておきたく……」
そして一行は向かった。魔女の住む秘境、本州の果て。邪魔口県の最西北端ムカチャッカ半島へ。
車に揺られること2時間。とても同じ渡海市とは思えない距離だ。
そんなムカチャッカ半島の中でもさらに果て。やや南西に向かって日本海に飛び出すように位置する島。柔島、そこには魔女のログハウスが建っており選ばれし者だけが訪れることを許される。半島と島の距離は20〜30mといったところだ。
「ここからは歩きです。右に見えるあの島に渡らないといけないので。」
「さすがは魔女だな。辺鄙なところに住んでいるものだ。で、あの島まではどうやって渡るのだ?」
「ええ、あそこでインターホンを押すんですよ。すると……」
『はーい。』
「こんにちは。阿倍野です。お知らせに来ました。」
『はーい。待ってね。』
すると島側から板を持った少女がドタドタとやって来た。なんと人力で島へ渡るための即席の橋をかけようと言うのか。
魔女ならば不思議な力でどうにかできないものなのか。
一行は幅50cm程度の木板を渡る。足下を流れる潮は結構早そうだ。清だけは足取りが軽い。慣れているのだろう。何回か橋を渡って島に到着。出迎えは先ほどの少女だ。
「いらっしゃい。」
「どうもありがとうございます。今日はお客も連れてきました。ヒコットランドの雄、ボビー・タイラーさんと渡海市役所の総務課長、役所さんです。」
「ボビー・タイラーだ。噂に名高い魔女に会えるのを楽しみにしている。君は魔女の娘か?」
「ふふっ、タイラー一族の小倅か。モーリーは元気にしているか?」
「なに? お爺様をモーリーだと? いくら魔女の娘でもそれは聞き捨てならんな。」
「タイラーさん。こちらが西の魔女こと白井 稀子さんです。」
「なっ! それは失礼した。改めてボビー・タイラーと申す。高名な魔女様にお会いできて恐悦至極。」
贔屓目に見ても高校生。そんな見た目にもかかわらず清の言うことを少しも疑っていない。
「どうせ清が説明してなかったのだろう? まあ入るといい。」
「せっかくですから驚いて欲しいじゃないですか。」
小高い山を登った先に魔女のログハウスは佇んでいる。招かれるままに中に入る一行。ちなみに課長は緊張しすぎて声が出せない。
中に何が入っているか分からないような禍々しい飲み物……ではなく普通のコーヒー。状況は清が代表して説明している。
「なるほど。あの石灯篭を壊しおったか。先祖の苦労が水の泡だな。」
「どうします? ここにも被害が来るんじゃないですか? 私達は関係ありませんからね。報復しないでくださいね。」
「うーん、それは困るな。台風時の高波対策が無いわけじゃないんだけどな。ああ、無駄な報復なんかしないさ。気にするな。」
「魔女よ。沿岸部に被害が出る前にどうにかできないか? 報酬ならうちが出す。助けてやって欲しい。」
「別にいいけど、あんたのトコってヒコットランドだろう? どうして渡海市の民を助けようとする?」
「無辜の民が被害に遭おうとしているのだ。助けるのは当たり前だろう。」
清は耳が痛そうだ。それにしてもタイラー一族の面倒見の良さは天井知らずなのだろうか。
「しかしあの男がいる限り同じことは何度でも起きるぞ? それでもいいのか?」
「ああ。奴はこちらで処理する。罪なき民を危機に晒すなど、奴に地主の資格はない。」
「まあいいだろう。海坊主については任せてもらおう。それより清、お前もボビーのように大きな男にならないとな。」
「大きなお世話です。私は目の前の小銭があればいいんです。いつものお土産いらないんですか?」
「よこせ。二見まんじゅうよこせ。」
「はいどうぞ。」
「うまうま。」
「じゃあタイラーさん、帰りましょうか。白井さんが請け負ってくれたらもう何も心配いりません。」
「ああ。この度は感謝する。請求書はこちらに送ってくれ。」
「この度はありがとうございます。市長からも感謝状が出るかと思います。」
魔女はまんじゅうに夢中で話など聞いていない。帰り道は自分達で板を運ぶことになるだろう。
帰りの車にて。
「さすがだな、阿倍野よ。あれほどの女傑を飼い慣らしているようだ。いつの間に饅頭など用意したのやら。あれは日持ちする物ではないだろう。」
「タイラーさんこそ。あれほどあっさり白井さんを動かすなんて。請求書は忘れた頃に変な形で回ってきますよ。」
「安いものだ。ところで魔女の名前が白井だなんて初めて聞いたが? 本名で呼ばない理由でもあるのか?」
「うちの師匠によると『レアリー』って名前だと狙われるから今の名前を名乗っているとか。今さらですよね?」
「面識のない私でも知っているぐらいだからな。大物の考えることは分からんな。」
清からすれば、おいおいアンタもだよと、さぞかしツッコミたかったことだろう。
魔女レアリー©︎鳴海酒陛下




