なまこ霊の叫び
なまこは叫びません。
日曜日。今日も清の事務所には葉子がやって来た。
「せんせぇおはようございます! 今日は何ですか!」
「おはよう。昨日言った通り続きだよ。酔い止めは持ってきたか?」
「はい! バッチリです! でも先生の魅力に酔ってメロメロなんですがどうしたらいいですか!? 人工呼吸ですか!?」
「それは手遅れだから放置だな。行くぞ。」
「放置……それもアリかも……」
二人は漁船をチャーターして海上にいる。漁船の名前はクイーン・アレクサンドラ・ドリル号。どこにでも突っ込んで行きそうな名前である。
「よーし、この辺りかな。」
「ここに何があるんですか?」
「どうやらナマコの霊が大量に発生した理由がここの海底にありそうなんだよ。昨日の結界はただの応急処置だからな。」
「じゃあ先生が潜るんですか? スキューバですか? 私と愛の海に溺れるんですね?」
「ああ、幸いこの辺りはそこまで深くない。俺でも道具があれば潜れる。できればダイバーを頼みたかったんだが、相手は霊だしな。」
「さすが先生! 海で冷たくなった体は私が暖めてあげます!」
「それよりこれを見ておいてくれ。『悪霊群スケスケ探知機』通称『霊探』な。」
「はーい。霊が先生に近付いたら電話で教えたらいいんですね?」
「その通り。頼んだよ。」
この時代の携帯電話は完全防水である。山奥では圏外のくせに海中にまで電波が届く。妙な仕様である。
清が海底で見たものは、やはり一面のナマコの霊であった。それらの中心には打ち捨てられた石灯籠がある。なぜわざわざ海中に捨てたのか……
ナマコ霊はその石灯籠に群がるように集まっていた。
石灯籠には何やら字が彫られているようだが、読めない。しかしやるべきことは見えた。この石灯籠が原因なら、引き上げて供養なりお祓いなりをすれば解決するだろう。
問題は費用だ。清が心配することではないが、サルベージするのだからそこそこ嵩むことだろう。そんなことを考えながら浮上していくのだった。
「せんせぇー! お帰りなさーい! 寒いですか!? 暖めましょうか!? さあさあウェットスーツなんか脱いで脱いで。」
「それは後で。霊探を見せて。」
「はいどうぞ!」
真剣に霊探を凝視する清。鋭い眼差しの先生もかっこいい、と横顔を見つめる葉子。
「船長、西の方に行ってもらえますか?」
「えーよぉー」
「先生、移動ですか?」
「ああ、霊脈の流れを逆に辿ってみよう。」
「この辺かーい?」
「ええ、あの砂浜に近付いてもらえますか?」
「えーよぉー」
「先生、あんな所にビーチがあったんですね。」
「ああ、あれは三位の浜。陸路で来れなくはないが、山が険しいからな。海水浴客なんかはまず来ない。怪しいな。」
「さすが先生! そんな僻地にも詳しいんですね!」
「船長、ありがとうございます。もう大丈夫です。帰りましょう。」
「あいよー」
「せんせぇー怖い顔してどうしたんですか!? でもそんな眼差しもステキ! 抱いて!」
「ああ、後でな。」
「え? 本当ですか? ホテルかどこかに連れてってくれて優しく激しくねっとりと?」
「ああ、後でな。」
「そんでもって朝を迎えた二人は幸せなキスをしてエンディングに突入したりして!」
「ああ、後でな。」
「テケレッツのパー。はっぱふみふみ。」
「ああ、後でな。」
「せんせぇー聞いてなーい!」
「ああ、後でな。」
「もぉーお!」
三位の浜。そしてそこに至るまでの険しい山道。清には苦い思い出があった。




