熱血教育委員長
朝。事務所に戻った清は予定通りの仕事に取り掛かる。
急な開発で発生した悪霊の除霊。
供養をしなかったため悪霊化した先祖の鎮魂。
たった2件を済ませただけでもう夕方近くになってしまった。そして校長から電話はない。
このまま連絡がなければいいのに、なんて考えてると電話が鳴った。
「はい、阿倍野です。」
「お世話になっております。附属渡海中学校の田村でございます。」
「あぁ校長先生。お世話になります。情報は揃いましたか?」
「ええ、大丈夫だと思います。今からお越しいただけないですか?」
「……行きましょう。現在渡海市にいませんので、1時間後には着くと思います。」
とても嫌そうだ……今日の清は自動運転でない方の車なので長距離の運転が面倒なのだ。
どうせ渡海市の事務所に帰るから同じなのに。
そして夕方。部活を終えた生徒達は帰る頃だ。葉子は清に会いたいのだが、学校には来て欲しくない。そんなもどかしい気持ちで過ごしていた。次に清に会えるのは週末。一日千秋である。
そんな葉子の帰り道。
「白状しなさいよ。あの人が祓い屋の先生なんでしょ!?」
「ちち、違うよ! うちの先生は太ってて臭いオッさんだもん! あんなお目目がパッチリ二重のイケメンじゃないよ!」
「じゃああの人とはどんな関係なのよー。いい加減白状しないさいよ。」
「だから言ったじゃない。私の大事な旦那様だって。将来を誓い合った彼氏よ。恋人よ。爛れた関係なんだから!」
「はい嘘ー! あんないいスーツ着てるようなイケメンがアタシらみたいな中学生を相手にするわけないじゃん。」
「そうそう。あれ系の人ってデーハーでパイオツカイデーなお姉ちゃんが好きに決まってるよ。」
「違うもん! 先生は私一筋だもん!」
「やっぱりね。あの人が先生なのね。ふぅーん。葉子って成績いいクセに間抜けよね。」
「まあ最初からバレバレだけどさ。」
「うぐっ! だからって先生は紹介しないからね! 私のダーリンなんだから!」
「はいはい。誰も邪魔なんかしないって。」
「そうそう。アタシらみたいな中学生じゃ相手にもされないわよ。」
「そんなことないもん! 先生は私みたいなのが大好きなんだから!」
「あらそう? じゃあ私もイケるわね。」
「そうそう。ならアタシもイケるじゃん。次に会う時が楽しみよね。」
「ガビーん!」
その頃、清はちょうど中学校に到着していた。グラウンドでは例の石像が相変わらず走り回っている。
校長室にて。
「わざわざお越しいただいてごめんなさいね。参考になるかは分かりませんが、こちらにまとめてあります。」
「拝見します。」
関係ありそうなものから、どうでもよさそうなものまで。時代が古い順に並んでいた。
その中で清が注目したのは、あの石像を愛した人物だった。
入江 康雄。およそ100年前、まだ渡海市ではなく合併前、化祖町だった頃の教育委員長である。
当時の邪魔口県は教育の崩壊などと言われ荒れ狂う子供が多かった。
授業中に立ち歩くのは当然として、当時最先端だった『スマホ』いじり、漫画を読む、菓子を食べる。男女はイチャイチャ、女性教師は盗撮被害、男性教師は痴漢冤罪など、学ぶ環境ではなかった。
それを憂いた入江教育委員長は自ら各学校に足を運び子供達と触れ合う道を選んだ。
しかし子供達にとって教師も教育委員長も変わりはない。一体どうやったのか?
彼は子供達にとって勉強以上に大事なことは心身の健康だと考えた。そこで手始めに6年生の最も荒れたクラスの男の子を集めてドッヂボールをした。教育委員長ともあろう人間が小学生を相手に手加減なしでボールをぶつけたのだ。泣く子に逃げる子、その場にうずくまる子などが続出した。
しかし中には勇敢にも入江にボールをぶつける子もいたらしい。ボールに当たった入江は大げさに痛がり、ボールの威力を褒め讃えた。
すると他の子も我も我もと入江にボールをぶつけ始めた。その度に入江は大げさに叫び逃げ回った。
いつしかクラスは一丸となり入江をターゲットにボールを当てまくる。そんな日々が続いた。
ある日の放課後、入江に声をかける児童がいた。
「入江先生なにやってんの?」
「この石像を磨くとね。いいことが起こるんだよ。1日限定1人だけね。だからこの話は内緒だし、絶対磨いたらダメだよ。」
「なんでダメなの?」
「誰かが先に磨いたら僕にいいことが起こらなくなるじゃないか。1日に1人限定なんだから。わかったね?」
「うん」
翌日から6年生のこのクラスでは三宮金三郎像を磨くことがブームとなってしまった。いかに自分が先に磨くか。そのためには放課後? いや、昼休み? いやいや朝だ。
悪ガキばかりの6年生が朝から石像を磨いている。そればかりか石像の周辺の掃き掃除まで。いやいやなんと草むしりまで!
どうやら彼らのブームは如何に自分が周囲をきれいにしたかをアピールすることに変わっていたようだ。
そうなると教師も彼らを手放しで賞賛する。保護者からスマホは与えられても褒め言葉を与えられたことのない子供達には衝撃だったようだ。たちまち学校中がきれいになってしまった。
入江康雄とはそんな男だったのだ。
そんな彼が晩年に遺した言葉が『マキを返さんにゃいけん(返さないといけない)』だった。
「なるほど。分かりました。では校長先生、引き続き彼の子孫に『マキ』について当たってもらえますか? 私は石像に当たってみますので。」
「分かりました。話からしてそのマキを返せば解決なんでしょうか。そうだといいのですが。」
「そうですね。おそらくそうだと思います。ではまた何か分かりましたらお知らせください。」
清はそう言ってグラウンドに出るのだった。もう日が暮れている。




