歓楽街ヒコットランド
清は学校からの帰り、車の中で唐沢に電話をしている。
「師匠ぉ〜、やってくれますね。九十九神でしたよ。あんなの除霊できませんよ!」
「お前でも無理か。なら仕方ないな。あの校長なぁ、やり手なんだよな。見た目通り温厚なんだけどさ、張り手が強烈なんだよなー。」
「知りませんよ。どの道校長からの情報待ちなんですから。九十九神を除霊なんて罰当たりなことできませんからね!」
「そりゃそうだ。まあ上手くやれや。あの校長に恩を売っといて損はないぜ?」
「はいはい。頑張りますよ。全く……」
清はクサクサした気分を振り払うかのように飲屋街へと向かおうとしている。ちなみに本日は先日購入した自動運転の車に乗っているため運転中に会話しようが酒を飲もうが思いのままである。さすがに山には乗っていけないが、街中を走るには十分だ。少々高かったが、買ってよかったと満足していた。
この夜、清は足を伸ばして渡海市から遥か南、海峡都市ヒコットランドシティまでやって来た。今時分は、ひらがなどころかカタカナの地名も珍しくない。この街は遷都前までは邪魔口県一の都市だったのだ。それが今では海を隔てたお隣、福犯市ミッドランドをも上回る一大歓楽都市にまで成長してしまった。
この街は遠い上に魑魅魍魎が手強いため、あまり足を運ぶことはなかったが、現在のイライラを吹き飛ばすため派手に遊ぼうなんて思い立ったのだ。
選んだ店は『ハニービー』
甘い予感をさせる店名だ。
「いらっしゃいませ。ご指名はございますか?」
「いや、ない。お任せで。それと寿司を取ってもらえるかな? 4人前ぐらいでいいから。」
「かしこまりました。」
清が席に着いて1分もせず女の子がやってきた。
「こんばんわ〜いらっしゃいませぇ〜ウメって言いま〜す。」
えらく渋い名前だ。しかしこれが現代の流行なのだ。たった2文字でいかに古さを出すか。これが現代における流行最先端のネーミングなのだ。
「どーも。君みたいな子が来てくれて嬉しいよ。もうすぐお寿司が来るから一緒に食べよう。」
「ありがとうございま〜す。何飲まれますかぁ?」
「ホントはブランデーといきたいとこだが、お寿司を頼んじゃったからね。日本酒のいいやつある?」
「あ〜あったと思いますよ。待っててくださいね〜」
女の子ウメは黒服に声をかけ何やら伝言をしている。そして運ばれてきたのは……
「お待たせいたしました。高野山 孔雀丸 大吟醸 中取り無濾過生原酒でございます」
「マジかよ。何でそんなモンがあるんだよ……まあいいか。いただくよ。」
高野山と聞いて苦い思い出が頭をよぎるが、酒に罪はない。むしろこれほどの酒だ。初めて飲むのだがすでにワクワクしている。
「かんぱ〜い」
女の子がグラスを合わせてくる。
さて、味は……
旨い……
旨すぎる……
清は、こんなことなら一人で飲みたかった……なんて考えている。
果実のような香り、微かな発泡……
甘さと酸っぱさがバランスよく口の中に消えていくかのように……
そこに海峡都市名物、新鮮な魚をふんだんに使った寿司もやってきた。もはや清の思考は、わざわざこの店じゃなくても初めから寿司屋で一人ゆっくり飲むべきだった……に傾いている。他の店でこの酒に出会えたかは不明だが。
普段なら女の子のお持ち帰りを狙うところだが、これだけの酒を飲んだ後だ。女の味で余韻を壊したくない清は余計なことは考えずさっさと帰ることにした。結局贅沢な食事を楽しんだだけに終わってしまったが、清は満足そうだ。
「ありがとうございます。お会計こちらでございます。」
黒服から渡されたメモに書かれていた数字は清を少なからず驚かせた。
「ふーん、158万か。まあいいや。はい。」
あっさり現金で支払った清に店員も少なからず驚いた。
「一応聞いておくけど、この店のケツモチはどこ?」
「さ、さあ、私には何のこと、だか……」
「ふーん、じゃあ店長は?」
「申し訳ありません……お休みをいただいておりまして……」
「ふーん。まあいいや。ご馳走さまー。」
魑魅魍魎相手にはどこまでも低姿勢な清だが、人間相手ではそうでもない。筋骨隆々な男でも霊力が使えないなら清の相手にならないからだ。いくら体を鍛えて、防弾チョッキを着込もうと、魂を抜かれたら人間など簡単にあの世に行くのだから。
それにしてもぼったくりのクセに仕入れに力を入れている妙な店だった。




