清、出動!
葉子が校長室を退出した頃、清は飲みに出かけようと着替えていた。そこに一本の電話が。表示された相手は師、唐沢であった。
「もしもし。」
「おう、お前に頼みがある。やれ。」
「それは頼みじゃなくて命令ですね。今週末なら何とかなりますけど。」
「いーや、今から。附属渡海中学に行け。行って解決してこい。」
「今からですか? 無理ですよ。暇じゃないんですから。」
「1時間で終わるからやれ。」
「はいはい。やればいいんでしょ。師匠の遺産は全部俺が貰いますからね。」
「はっはっは。俺にそんなもんがあると思ってんのか? 全部やるぜ?」
「ヤバい相手だったら頼みますよ。例え生徒に被害が出ようとも逃げますからね?」
「はっはっは。まあうまくやれや。あそこの校長には頭が上がらなくてよ。頼んだぜ。」
時刻は4時半。1時間で終われば飲みに行くのに支障はない。唐沢の言うことを信じるのならば。
そもそも清はこんな時間から飲むつもりだったのか……
中学校に到着。そこらの生徒に話しかけ職員室の場所を聞く。そして途中で出会った教師に校長室まで案内をしてもらう。
「こんにちは。祓い屋の阿倍野と申します。校長先生にはうちの師匠が頭が上がらないそうで。」
「ようこそ。昔の話よ。それより今の話をしましょう。グラウンドの霊、何とかなりますか?」
「話してみないと分かりませんが、手間のかからないタイプだったらいいですね。」
「ではお願いします。これは私からの気持ちです。」
田村校長から封筒が渡される。その場で中を確かめる清。中身は……3万円……
「はぁ……では行ってきます……」
おそらくは校長の自腹なのだろう。文句を言うつもりはないが、これで何か道具でも使おうものなら大赤字だ。どうか話が通じるか、せめて弱い魑魅魍魎でありますようにと祈りながら現場へ向かった。
「ねぇねぇ、今校長室から出てきた人、めっちゃカッコよくなかった?」
「だよね! 超イケメンだよね! 新しい先生かな? だといいよね!」
グラウンドでは怪しい石像が走り回っている。これのどこが霊なんだ? それならそうと始めから言え。清は叫びたくなったが、気持ちを抑えて石像の隣を走る。
「こんちには。精が出ますね。何しよってん(何をされてるの)ですか?」
「ねぇ、ねぇー」
「何が無いんですか?」
「薪がねぇ、ねえほっちゃぁ(ないんだよ)!」
この石像の名は『三宮 金三郎』働きながら勉強をして偉くなったことから全国の小・中学校に彼の石像が建てられた。200年以上昔のことだ。
歩きながら勉強するなんて危ない!
子供に働かせるなんて虐待だ!
重い薪を持たせて成長が止まったらどうする!
子供が薪に火を点けて放火したらどうする!
子供に薪割りをさせるなんて奴隷か!
やがてそんな意見が多発し、いつしか彼の石像は撤去された。まだ残っている地域もあるのだろう。この学校のように。
しかし、清が見たところ、彼の背中には薪が積まれているようだが。
「薪ですか? すでに持っちょってじゃ(お持ちでは)ないですか?」
「違うっちゃ(違うんだ)! 他の薪を探しよるほっちゃ(探しているんだ)!」
「他の薪ですか? この辺りにはないと思いますよ?」
そもそもこの石像、グラウンドのトラックに沿ってひたすらグルグル回っているのだ。見つかるはずがない。
「ねぇ、ねぇー」
清はひとまず校長室に戻り、所見を報告する。
「九十九神ですね。害はありません。あと1年も放っておけば消えてなくなります。何かを探しているようですが、こちらでは分かりませんね。あの像に詳しい方とかいませんか?」
「1年ね……それも困りました。いくら害がないとは言っても……私は教育者としてあの石像は壊したくないのです。消えて欲しくもないですよ。」
「じゃあ校長先生。情報を集めてください。金をかけず、なおかつ安全に解決するためには情報と準備が大事です。あれに関することを生徒、先生を問わず情報を集めてみてください。取捨選択はしないでくださいね。」
「分かりました。やってみましょう。」
「ではお願いします。」
どうにか清は面倒な仕事を減らすことができそうだ。集まった情報次第では楽な解決方法もあることだろう。帰りにもう一度グラウンドに寄って話をしようとした時、清に飛びつく影が。葉子だった。
「先生! 先生先生先生ー! 来てくれたんですね! 私のために! これは愛ですね! 告白ですね! 結婚ですね! すぐしましょう! さあしましょう!」
「嫌々来ることになったんだよ。君のとこの校長は何者だよ。」
清はいつものように葉子にアイアンクローをキメながら答える。
「さ、さあ? 恰幅が良くて近隣の先生方に慕われてて色んな議員さんにも顔が利くってことぐらいしか知りません。」
葉子は葉子で恍惚な表情をしながらも、それが言葉に現れることはない。慣れたものだ。
「まあいい。グラウンドに寄って帰るから。じゃあな。」
「私も行きます! 案内は任せてください! ささ、こちらです。おっと、そこ段差ですよ。お足元に気を付けてくださいね。」
「さっきも行ったから分かってるよ。そんな数ミリの段差に注意って言われてもな。」
そこに再び現れる怪しい影が。
「葉子! まさかその人が!?」
「ちょっと紹介しなさいよ!」
「祓い屋さんって汚いオヤジって言ってたじゃない!」
「そうよ! 汚くて足が臭いオヤジだけど給料がいいから嫌々働いてるって!」
「げっ、違うのよ。この人はタダの私の恋人の亭主よ! 将来を誓い合った仲の彼氏のダーリンよ!」
誰も葉子の言うことなど聞いていない。清を取り囲み、いや密着しキャイキャイと話しかけている。葉子は不機嫌ではあるのだが、誰も清からアイアンクローを受けてないことに密かな優越感を抱いていた。清から顔を抱きしめてもらえるのは自分だけなのだと。
「通してくれるかい? まだ用事があるんだよね。」
「はい喜んで!」
「ささ、お手を拝借。」
「じゃあ私は右手を。」
「なら私は右足ね!」
『君の学校は同類だらけか?』と言いた気な顔で葉子を見る清。
その表情を『分かってます。先生は私一筋ですよね!』と曲解した顔で返す葉子。
やはりいいコンビなのではないだろうか。
清は師匠の言うことは聞きます。




