ガラス越しの試練
葉子がガラスの前でうんうん唸っている間に、清は準備を進める。
先日の除霊でも分かる通り、仕事が成功するかどうかは事前準備にかかっている。本来なら昨日の夜中、遅くとも今日の午前中には終えておく予定だったのだ。
そして昼から葉子を連れて仕事を完了させに行く目論見だったのだ。しかし準備が間に合わなかったため、明日に延期。午後いっぱいかけて準備を終わらせる必要がある。せっかく明日の日曜日は休めるはずだったのに。
貯金が1億あろうが2億あろうが休日は休みたいものだ。
黙々と準備を進める清。そこに葉子が。
「きゃあーせんせぇー! 見て見て見てくださーい!
「できるようになったか?」
「いきますよ! 見ててくださいね!」
葉子はガラスの向こうのロウソクに手を向けて気合を込めている。
「くっ、鎮まれっ、私の右腕っ!」
葉子は何か妙なことを口走っている。すると、ガラスの向こうに見えるロウソクの炎が僅かに揺らめいた。
「まあまあだな。そのままがんばれ。おっとその前に休憩だ。まあこれでも飲むといい。」
「えー、それだけですかぁ? もっとこう、何かないんですかぁ? 『すごい! 君は天才だ! 結婚してくれ!』とかぁー。」
「天才はアレを初めてやってガラスをぶち割るんだよ。まあいいから飲め。」
「口移しじゃないんですかぁ? すごい匂いがしてますけど……はっ、まさか! 先生? 飲み物にアレを混ぜてますね!?」
「アレが何かは分からんが、薬事法に違反するような物は混ざってないぞ。」
「はぁ〜い……苦っ、まずぅ……喉に粘りつきますね……」
「全部飲んだな? 次はこれ。おやつだ。全部食べてな。」
「何ですかこれ……見た目からしておやつじゃないですよね……」
「食べたら教えてやるよ。ほれほれ早くしな。」
「いつになく積極的ですね……食べたらご褒美くださいよ……まずぅ……」
「これだけのものを飲み食いさせてることがすでにご褒美だけどな。いくらすると思ってんだよ。」
「ぐえぇ……1980円ぐらいですか?」
「さっき飲んだクロイモリエキス配合のリポビタミンXが1本3万円。今食べたマンドラゴラの果肉入りガロリーメイトDXが1パック6万円。成長期には欠かせない栄養素だぞ。」
「わ、私のことをそんなにも!? それってつまり私に早く大きくなれと! 大きくなった私を存分に味わいたいと! 間違いなくプロポーズですね!」
「体は大きくならないぞ。霊力の成長に欠かせない栄養素だからな。貧乳を直したいなら牛乳でも飲んでろ。」
「ぐぉがーん! また貧乳ってゆったぁー! 責任とって大きくしてくださいよぉ! 具体的にはマッサージでリンパの流れを活性化して、女性ホルモンとかも分泌するよう丹念にねっとりと!」
「仕方ない。見本がてら面白いものを見せてやるよ。」
「面白いモノですか!? ドキドキですね!」
清は離れた場所から葉子に手をかざしている。動きはない。
「あっ、肩の辺りが暖かくなってしました! これが先生の温もりですね!?」
「霊力だよ。さっきまでロウソクを消す練習してただろ。あれが上達するとこれもできる。リンパの流れなんかは知らんが、霊力が流れやすくなるように調整をしているところだ。」
「つまり裸よりさらに内側に触ってるわけですね! さすが先生! 霊能セクハラですね!」
「途中でやめると筋肉痛ならぬ霊力痛がひどくなるけど、そんなこと言うならやめちまうぞ?」
「ああっ! 嘘です嘘です! もっと揉んでください! もっと下の方も!」
「まったく……肩、正確には首の周辺が大事なんだよ。力を抜いてリラックスしてろ。これが終わったらどうせまたロウソクの続きなんだから。」
「ロウソクの続き……いい響きですね。私もうドキドキです。」
「消せるまで頑張れ。」
こうして土曜日の午後は過ぎていった。
明日は日曜日なのに仕事である。清は憂鬱だが葉子は喜んでいた。