自宅警備悪霊
死津喪市から帰っても忙しい日々を送る阿倍野 清。そして本日は木曜日、放課後には葛原 葉子がバイトにやってくる。中学生、それも女の子にできる祓い屋のバイトとは一体?
「こんにちはー! 先生会いたかったですよー!」
「はいこんにちは。タイムカードを押さないと給料がもらえなくなっちまうぞ。」
抱きつこうとする葉子にアイアンクローをキメながら清は言った。いつも通りである。
「それで今日の仕事は何ですか!? 食事ですか!お風呂ですか! それともワタシ!?」
「今日は除霊。君の役割が重要になる。うまくやったら今日の時給は2倍だ。」
「時給よりスキンシップを上げてくださいよぉー。顔を抱きしめてくれるのは嬉しいんですけど、体も抱きしめて欲しいですぅー!」
「じゃあもっと強く顔を抱きしめてあげよう。終わったらな。」
葉子の中ではアイアンクローではなく顔を抱きしめてもらっているという認識なのだ。やはりレベルの高い女の子だ。
さて場所は変わってここは廃墟。渡海市には少し山に入ると未だにこのような建物が残っていたりする。邪魔口県ならどこでもそうだが。
山ごと更地にするにしてもこのような廃墟が一軒あるだけで不可能になってしまう。理由はもちろん……
「ここですかぁ? 私は何をしたらいいんですか? 先生のためなら例え火の中水の中ベッドの中です!」
「はい、この中。出たらだめだよ。」
「何ですかこれ? 二人の愛のサークルですか?」
「勉強不足だな。ただの結界。今から廃墟の主が来るからそこから出ないことが今日の仕事な。」
「分かりました。座って待ってるだけでいいんですよね。任せてください!」
「じゃあ俺は中に入ってくるから。頼むぞ。」
そう言って清は廃墟の中へと入り込んで行った。まだ時間的には夕方ではないが、すでに薄暗い。清がいなくなると一気に心細くなる葉子だった。
「せんせぇ〜まだですか〜?」
心細くて思わず独り言が出てしまうよ。まだ5分も経っていないのに。
15分経過。葉子の体感では何分経っているのだろうか。
「はー終わった終わった。もう出てきていいよ。よく頑張ったね。」
「もぉ〜せんせぇ遅いですよぉ〜。ご褒美に抱きしめてくださいよぉ!」
「いいとも。おいで。」
清は手を広げて葉子を抱きしめるポーズをとっている。僕の胸に飛び込んでおいでポーズだ。
「じゃあ先生、この後そこらの繁みで私をめちゃくちゃにしてくれますか?」
「もちろんだとも。いつものようにめちゃくちゃにしてあげるよ。」
「お前は先生じゃない!」
「なにぃ! なぜ分かった!」
「先生はお前みたいな外道じゃないんだよ! 中学生の女の子を繁みでめちゃくちゃにするなんてできないヘタレなんだよ!」
「ちっバレちまったら仕方ねえ。そんなチンケな結界で俺様の侵入を防げるとでも思ってんのか? 俺様は皇 シズル、これでも生前はそれなりの退魔師だったんだぜ?」
じりじりと葉子に近付く悪霊。見た目は清にそっくりなのに、それが葉子には余計に恐ろしかった。
「かわいがってやるぜー!」
「いやぁぁぁーー!」
しかし結界に阻まれて侵入できない。悪霊のくせに慌てているようだ。
「バカな! 俺様が侵入できない程の結界だと!? どこにそんな霊力が込めてあるってんだ!?」
「ふんだ! 先生はすごいんだから!」
葉子はもう元気になっている。悪霊に向かってアッカンベーなんてやっている。元気だ。
「お待たせ。時給2倍は確定だな。」
「先生!」
「げえっさっきの祓い屋か!」
「観念するんだな。増柿 醜流!」
「俺様をその名で呼ぶんじゃねぇー! 俺様は高野山最強の退魔師! 皇 シズルだぁー!」
「いーや、お前は漫画の影響で自分を退魔師と思い込んだあげくニートの自分に小遣いをくれない両親を悪霊だと妄想して退魔師きどりのクセにバットで殺そうとしたところを自宅の階段から落ちて死んだんだ。両親はこれ幸いとお前を弔いもせず引っ越したわけだ。135年前にな。お前は弔われることなく放置されたために立派な悪霊になっちまったわけだ。」
「嘘だ嘘だ! 俺様は最強の退まっ」
突然悪霊は消えた。清が除霊に成功したのだろうか。
「先生!? もう大丈夫なんですか!?」
「ああ、終わった。出てきていい。」
「じゃあ先生、この後そこらの繁みで私をめちゃくちゃにしてくれますか?」
「出て来ないなら置いて帰るぞ。」
「せんせぇ〜!」
結界から勢いよく飛び出した葉子は予定通り清に顔を抱きしめてもらうことに成功した。清も約束通り強めにアイアンクローをかけている。
「あへっ、やっぱり先生……です……ね……」
清にアイアンクローをキメられて葉子は恍惚としている。やはりいつも通りである。
このような所有者、相続者不在で国の所有となっている土地が、アークトック不動産にかかればたちまち開発可能となる。今回の問題はこの悪霊、皇 シズルこと本名増柿 醜流であった。ただでさえ放置された死体からは悪霊が生まれやすい。その上、鬼村達の尽力により霊脈が豊富に流れる邪魔口である。幾多の時間を経てそこらの祓い屋では手に負えないレベルに成長してしまっていた。きっと遷都がなければどこまでも成長していたことだろう。価値のない土地に住む悪霊をわざわざ除霊する物好きなどいないのだから。よく清は勝つことができたものだ。
「せんせぇ〜結局私は何をしてたんですかぁ〜?」
「簡単に言うと時間稼ぎかな。大昔、カメラにはストロボって機能が付いてたんだ。電気を溜めて一気に大きな光を作るんだがね。そんな感じでじっくり霊力を溜めて一発で悪霊を消滅させるための時間が必要だったんだよ。」
「へ〜え、じゃあアイツってかなりヤバかったんですか?」
「かなりね。まともにやったら師匠でも無理だよ。あれだけまともに話が通じるレベルなんだよ。で、君でないと囮にならないから給料2倍ってわけさ。」
「私ですか? どうしてまた? そりゃこれだけの美貌でナイスバディですから当然と言えば当然ですけど。」
「あー、アイツってロリコンなんだよな。だから君のような引き締まった体が好きなんだよ。さすがナイスバディ!」
「むー! じゃ、じゃあ! どうして一人で中に入って行ったんですか! まともにやったら危ないんでしょ!」
「アイツは思い込みで親を殺そうとするようなクソニートだぜ? 自分より強そうな相手には向かって行かないさ。俺を祓い屋って知ってただろ? 悪霊になってまでずっとここにいるような根っからのクソニートだからな。鬼村さん達の仲間に入れてもらえばよかったものを。」
そう。悪霊、増柿は悪霊と化してからもずっとここにいた。それは地縛霊としてはあるべき姿かも知れない。だが奴ほどの高位、それも自我のあるレベルの悪霊ならば移動は容易い。そして鬼村達は喜んで仲間として迎え入れただろう。もちろんきちんと挨拶に出向いたならばの話だが。
なお当初の予定では、姿を現さず、物陰からいきなりトドメを刺すつもりだった。奴の力が予想以上に強かったため、葉子を囲う結界が保ちそうになかったのだ。そこで止むを得ず奴の前に姿を現し、会話により時間稼ぎをしたのだ。葉子の結界の外にもう一つ用意しておいた悪霊滅殺用の結界に少しずつ霊力を込めながら。
場所は変わってアークトック不動産の事務所。清は社長の金蔓に成功を報告していた。
「と言うわけで上手くいきました。もう大丈夫ですよ。」
「いやー先生、毎度毎度ありがとうございます。あの悪霊を見た者はいなかったんですが、次の日になると重機を壊されてて参ってたんですよ。以前先生から教えられた魑魅魍魎の領域内じゃなかったもので油断してましたよ。」
「そんなこともありますからね。ではお気をつけてくださいね。」
「ホントにありがとうございました。ではこちらを。」
「はい、確かに。また何かありましたらご相談ください。」
どうやらあの悪霊は普通の人間の前にすら姿を現さなかったらしい。おかげで人命に関わる被害が出なかったのは幸いだろう。
「せんせぇ〜今日はもう終わりなんですよねぇ?」
「あぁ。厄介だったこの件が片付いて一安心だよ。」
「じゃあこのままドライブに連れてってくださいよぉ。海沿いを走ってるとどこかに寄りたくなったりなんかしてそのまま一気に!」
「この時間も時給が発生してるからだめ。タイムカードを押してから君の家まで一気にドライブだな。」
「ぐぉがーん! そんな……やっぱり私より仕事が大事なんですね……」
「もちろんだ。次は土曜日の昼から来るといい。」
「ぐごーん! 私のこと呼べば来る都合のいい女だと思ってるんでしょ!」
「いや、都合のいいバイトかな。」
「ぐおぉーん! 先生のばかー! でもそんな正直な先生もステキ……」
「はい到着。ここで待ってるからタイムカード押してきな。」
「もぉー、はーい……」
ちなみに事務所に鍵はかかっていない。鍵より恐ろしいセキュリテイがかけてあったりする。
この後、葛原家では葉子の額の両側の赤くなった跡を見て父親も真っ赤になっていた。




