祓い屋と女子校生
天暦21XX年。
時の宰相、阿部野 清明の独断的な政策によりこの国は未曾有の大混乱に陥っていた。
これまで首都であった東狂都が人口の一極集中により、もはや人の住める状態ではなくなった。人口密度は30万を超え、2位以下に大差をつけて世界ぶっちぎりのトップ。
渋滞による経済損失は年間5兆円とも10兆円とも言われている。
誰もが何とかしなくてはと思いながらも、どうにもできなかった現状に、宰相阿倍野は天帝の退位に合わせてある政策を断行した。
それは……
遷都である。
古来より日の本の国には3つの都がある。現在の首都東狂都。天帝の坐す狂都府。そして忘れ去られた西の都、西狂都である。
その呼び名も今は昔、現在では邪魔口県と呼ばれるだけの辺境である。
そんな邪魔口県がある日突然、首都になったのだ。
しかし、いかなる混乱も3年もすれば慣れる。次第に状況は落ち着き、人口の一極集中も緩和されつつある。
そうなると次にやって来るのは……
バブルであった。
そうなのだ。西狂都、いや邪魔口県では空前の土地バブルが起こっていた。熱狂に次ぐ熱狂。投資が投資を呼び地価は爆上がり。廃墟から山奥まで、西の果て邪魔口県の土地が全て投資の対象となってしまったのだ。
これには土地を持つ全ての県民が狂喜乱舞した? いいや、そんなことはない。それを迷惑に思う物もいた。それも山奥に。
ここにいるのはそんな物達。
「じゃけぇよぉーなんべん来られても売れんもんは売れんっちゃ! ワシらぁここを出たらどこへ行けっちゅうんかいや!?」
「いやーお金はたんまり入ることですから、狂都に戻られてはいかがですか? 最近あっちの地脈は意外に整っておりますので暮らしやすいみたいですよ?」
「その手には乗らんでょ! 知っちょるんじゃけぇの! 狂都も東狂も人間が増えすぎちょるけぇ地脈も霊脈もズタズタじゃあや! ワシらぁ600年かけてこの邪魔口の地脈を整えてきたんでぇ?」
「ですよねー。そこで相談なんですけど、この山一帯は鬼村さんの土地じゃないですかぁ? あっちの山とか、その隣の森とかは所有者不明ですよね? そこなら黙認していただけないですか? もちろんお礼にはアレをお持ちしますので。」
「気にいらんがのぉ。じゃがワシらの土地でもないもんに口出しゃできんわい。一歩でもワシんちに入ったらユンボでもブルでも放たり捨てるからのぉ?」
「ありがとうございます。じゃあまたアレ持って来ますね。どーもー。」
ここは邪魔口県山奥郡山奥村。中国山地に位置するかなり山奥である。3年前までは、ただでもいらんと言われた土地が坪5000万円である……広大な山を買うには一体いくらかかるのか。それでも売らない鬼村とはいかなる物か?
「あー怖かった。でも会話10分で1000万かー。美味しいよなー。」
「それでも私の時給は800円なんですね……」
「嫌ならやめたらいいのに。君みたいな女子校生ならいくらでも稼げる仕事あるじゃん?」
「何言ってるんですか! 私は先生のように未知とロマンを追い求める祓い屋になりたいんです! 決して金目当てなんかじゃありません!」
「なら何でいつも俺の寝室に忍び込んで来るかなー。トラップがあるって分かってるくせに。」
「い、いや別に先生と結婚したら玉の輿でウハウハなんて考えてませんよ! ちょっと女の子らしい好奇心から先生の肉体に興味があるだけで……」
この男は職業祓い屋。魑魅魍魎を相手に日夜戦い続けるヒーロー。と最近では認識されている。
名は、阿部野 清。宰相とは何の関係もないくせに、たまたま同じ苗字ということがキッカケでこのような仕事を得ている。
そもそも3年前までは祓い屋と名乗ってはいたものの、まともな依頼など来ない。半ば詐欺まがいの霊感商法で生計を立てていた。
半ばというのがこの男、霊感はあるし邪魔口県の山奥に住まう魑魅魍魎といくらか付き合いがあったのだ。
たまにある除霊の仕事に際しては、霊の身元確認が重要だったりする。魑魅魍魎の大物と知り合いでないかを確認しておかないと大変なことになる。そのため足繁く山奥に通っているうちにパイプが出来たというわけだ。
宰相の出身地に住み、同じ苗字を持つ男。危険な魑魅魍魎とも付き合いがあるため交渉人には最適なのだ。例えば先ほどの鬼村。彼の正体は『鬼』である。
600年以上前、とある戦乱で狂都は荒れに荒れた。そんな狂都が住みやすいと感じる物もいるにはいたが、ほとんどの物は乱れた地脈に愛想を尽かし、西へ東へと散って行った。
つまり、鬼村達はその時に西に逃げたグループなのだ。ちなみに鬼村は当時、夜叉童子と名乗っており時の天帝とも少しは付き合いがある立場であった。
現在、日の本で彼らのような強力な魑魅魍魎と出会うことは難しい。ほとんどが山奥や辺境に隠遁しているからだ。
しかし、この度の遷都により俄然注目が集まった邪魔口県。その魑魅魍魎どもの3割をまとめる鬼村の元へ挨拶に行くのは必然だった。
「阿部野先生。首尾はいかがでしたか?」
「やあ金蔓さん。上手くいきましたよ。やっとの思いで鬼村さんに面会できましたし、隣の山と森についても黙認していただけることになりました。ただし、境界には細心の注意を払ってくださいね。境界線から最低でも10mは開けておいてください。」
「分かっておりますとも。先生には足を向けて寝れません。では約束の報酬です。お確かめを」
「おや? ずいぶん多いようですが?」
「いやぁ今後ともよろしくということですよ。他の地域でもお世話になると思いますので」
「できる限りのことはいたしましょう。しかし念を押しておきますが、鬼村さん達が怒ったら誰にも止められません。くれぐれもご注意下さい。」
そうしてアークトック不動産の社長、金蔓は帰っていった。邪魔口県でバブルが始まったはいいが、遅々として進んでいないのはこういった魑魅魍魎が多く住まうためである。
国道沿い、県道沿いにある空き地や山林はすでに開発し尽くされた。
それでも未開発地帯は県の面積の7割にのぼる。まだまだバブルは終わらない。
かくして、人間と魑魅魍魎との争いは始まる……のか?
殿下の犬/砂臥 環氏
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