とある研究所での一幕
博士は私にこう仄めかした。
「スケボーキッズたちの心を掴むある方法を思いついた」
私はそれについてどんな方法ですかと聞かざるを得ない。それは一種の儀式なのだ。彼は私に多くを語らない、まず仄めかすのみだ。私が彼の思いに応える形で質問を投げかけ、それに彼が答える、一問一答形式を採用している。
「それはどんな方法ですか」
「タイヤだよ」
「スケボーのタイヤに一体どんな問題があるのです?」
「君はスケボーはやったことがあるかい?」質問に質問で返されてしまったな、これでは一問一問形式だ。それならば一問一問更に一問形式といこう。
「博士はスケボーをやったことがあるのですか?」
「君に聞いているんだ」
「何故、そこまで私のスケボーの経験を聞きたがるのです?」
「では、ないのだな?」
「あると言えばありますね」
「あるのか?」
「スケボーは家のベランダに長らく放置されていました」
「それはあるとは言わん」
「少しやっておりましたよ」
「ベランダに長らく放置していたくせに?」
「ベランダに長らく放置していたくせにでもですよ」
「では、あのタイヤの摩擦抵抗の大きさをどう思うかね」
「そういうもんですよ」
「君は、発明家として大事なものが欠けている…」
私は明らかな猜疑の眼差しでこちらを見る博士に気づいた。素が出てしまった。博士は確実に失望している。眉をハの字に歪ませて私を見る博士を制して私はこう言った。
「費用対効果に違いありません!そういう意味でそういうものだと言うつもりだったんです!」
「駅前でゴロゴロとアスファルトを軋ませて何度も何度もアスファルト蹴り上げて加速をつけているじゃないか!あれはすぐに加速が落ちるからだろう!」
「それはたまたまじゃありませんか?」
「たまたまなもんか!昨日も見たし先週も見たんだ!」
「確か、あれは、タイヤにも様々なタイプがあったように記憶しておりますが。バイクでもオフロードやオンロードがあるように」
「では、スケボーのタイヤにもオンロード仕様はあるのだね?」
「あるんじゃないですか」
私はあまりにも鬱陶しいのでかなりきつい語調でこう言ってしまった。実は、先程まで昼飯は何を食べようか、と考えていたのだがそれが中途で打ち切られたことが堪らなく不満に思っていたからだ。しかし、そう言ってからしまったと思った。また素が出てしまった。
「何だ…その言い方は……」
博士は凍てついた眼差しで私は見上げた。首を引っ込めて、というより身体を大きく見せるためか肩を張って、ボクサーがガードするように両拳を顔の前に持ってきて、ゆっくりにじり寄ってきた。その姿はまるで硬い甲羅に覆われた亀だ。
「お前は長幼の序を分かっておらんな。昔は身体で教え込まれたのだ。これはオフレコだからな」
明らかに殴りかかろうとしている。
「そうきますか」
私は拳に力を込めた。そしてその拳を博士の前まで持ってくると、勿体振ってその拳を開いてやった。その手の平には折り畳まれたコインがあるのだ。この折り畳まれたコインを見た博士はそのままの歩調で私の前を通り過ぎ、扉の前ににじり寄っていった。顔をガードしたまま右手でドアノブを掴むと、硬い甲羅に覆われた亀の後ろ姿で部屋を後にした。
「ふう。いつも持ち歩いていて良かった」
何のことはない、あらかじめ折り曲げていたコインなのだ。まさに恐るべき握力の持ち主だと思ったことだろう。博士はまんまと術中にはまっただけのこと、向かうべき怒りのはけ口を見失って、未だにあのにじり寄る歩き方で廊下を歩いていると思うと笑いが込み上げてくるぜ。
長幼の序、オフレコ。
それでピンときた人もいそう。
当人はすでに故人となったそう、時の流れは早いです。