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2.変わらない日常

 作法が完璧なメイドが来たのは、ウェイバーがエリザベートの使ったカップなどを片付けているときだった。

 ウェーバーは小さくため息を漏らす。

 エリザベートは口元を扇でかくし視線をどこか遠くへやっていた。

 主人の様子を確認してから、彼は急いで片付けを行う。

 本来ならばあるはずのお茶の時間というものが、お嬢様にはない。そのため、いつでもお茶ができるように用意する必要がある。もちろん名門貴族のお嬢様が使うものが質素なわけがなく、平民が一生食うに困らない価値のあるお茶セットだ。はじめの頃は手で運んでいたが、ケースが重く、いつ壊すかと冷や冷やしていた。だが、今では空間魔術を習得したため、お嬢様のお茶セットどころか、テーブルや椅子なども運べるようになった。今回も手早く七色の空間の中に茶器の入ったケースやテーブル、椅子などを放り込む。少々手荒くても壊れることがない。本当に便利である。必死に習得したかいがあった。


「お待たせいたしました。ご用件はどのようなものでしょうか」

「いいえ、とんでもございません。お茶のお時間に失礼をいたしました。我らが王子からエリザベート様へ昼食のお誘いをお伝えに参りました」

「さようでございますか。いかがなさいますか、お嬢様」


 ウェイバーの問いかけは意味があってない。王族の誘いを拒むのはよほどの理由がない限り許されない。この会話は形式的なものであった。

 エリザベートは扇で口元を隠したまま返答した。


「最近、食物アレルギー的なものがあるので、大変心苦しいですがお断りいたします。いったい何が原因なのでしょう。とにかく殿下の前で恥をさらしたくございません。殿下には乙女心を理解してくださいませとお伝えください」


 ――なに言ってんだ、こいつ。


 ウェーバーの顔がどこぞの狐のようになった。

 さっきまで、そのような症状は一切出ていない。というか、先週、森に入って野営した時も平然と狩ったモンスターを炙って食べていた。もちろん次の日は元気に薬草摘みをしていたのだ。あるわけない。

 あからさまな嘘に何ともいえない気分になる。


「かしこまりました。我らが王子にそのようにお伝えいたします」


 メイドは一切表情を変えず、教科書通りの作法で礼をして戻っていく。

 彼女の姿が見えなくなった後、エリザベートは指を鳴らした。

 瞬間、二人を半円形の透明で薄い膜ができる。防音魔術だ。

 相変わらずの腕前にウェイバーは息を呑むが、今はそれどころではない。


「なんであんな嘘をつくんだよ!」

「面倒だったからですわ」


 扇を空間魔術でしまい、首をコキコキならす姿はとてもお嬢様とはいえない。


「面倒って、だからってあんな嘘つく必要があったのかよ」

「うるさいわ。キャンキャン吠えるものではありませんわよ。私の躾がなっていないみたいじゃない」


 その言葉にぐっとつまる。確かに感情的になりすぎた。一呼吸おいてから確認する。


「アーサー王子に会ったらどうするんだ」


 ウェイバーがじとっと睨むとエリザベートはニヤリと笑うだけで、答えを返さなかった。



 ――その日、一人の生徒が消えた。




 次の日、エリザベートはウェイバーと共にわざわざ食堂で朝食を取りながら、ふと思った。学園の寮生活は実に面白いと。

 結局、昨日は何もなかった。ウェイバーは何かあるのではと心配していたが、実に甘い。まだまだ躾が足りないようである。

 今日は何をしようかしら。

 手に入れた野草の研究、鉱物の研究、魔術の研究、ショッピング、散歩、たまった古書の読解、腕鳴らしなどやりたいことはたくさんある。

 ――けれど。


「エリザベート。おはよう。一緒に朝食をとろう」


 コイツの相手だけは面倒だから嫌だ。

 アーサーはニコニコ笑って、対面に座る。付き添いの騎士がすっと朝食をのせたプレートを王子の前に差し出し、自分の分をテーブルに置き王子の横に座った。

 これはいつもの光景であるため、誰も気に留めないがエリザベートはいまだに慣れなかった。


「おはようございます、殿下。相変わらず、お元気ですね(もっと勢いをつけて投げてればよかった)」


 実に残念でならない。満塁ホームランならよかったのか。ちっ。

 顔には出さないが、思っていることは凶悪だ。


「あぁ、昨日は体調が優れなかったときいている。もう大丈夫なのか?」


 心から心配しているのだろう。柳眉をよせて瞳には影が落ちる。


「えぇ、ゆっくり休みましたから。ご心配をおかけしました」


 エリザベートがにっこりと微笑むとアーサーはほっと息をつき、頬を染めて微笑んだ。

 それは天使の微笑といわれるほどの相変わらず美しいものだった。体つきもどちらかといえば細身であることと顔つきが中性的なため、その称号はなくならないかもしれない。

 騎士と付き人は王子と令嬢をみながら心が一つになった。――昨日なら、王子の方が被害がでかい。


「今日の予定は開いているのか。よかったら、一緒に散歩でもしないか?」

「いいですわね。場所は学園の東の森なんて如何ですか?」


 東の森は指定危険地区。教師でも入れる者が限られている危険な場所である。


「エリザベートと一緒ならどこでもいい」


 よかねーよ。従者たちの心は再び一つとなった。


「お言葉ですがお嬢様。昨日はお二人とも体調を崩されたのです。散歩なさるなら西の庭などは如何でしょうか。ツツジの花が見ごろでございます(ふざけんな。王子殺す気か)」


 ウェイバーの後をジークが追う。


「殿下、ウェイバー殿の言うとおり無理は禁物です。我らがおりますが万が一のことがあったら大変です(特に殿下が)」


 二人は瞬時に目配せし、さらに話を進める。


「よろしければ、西の庭で昼食をおとりになったら如何ですか」

「そうですね。昨日は叶いませんでしたから、料理人に体に優しいものを用意するように伝えておきます」


 その話に両者の主は正反対の反応を示した。


「そ、そうだな。ウェーバーとジークの言うとおりにしよう。エリザベートと一緒に散歩をして昼食を取りたい」


 その恋する乙女のような姿は食堂に居る者たちの視線を独り占めにした。唯一を除いて。


「エリザベート、今日は長い時間を共にできそうだな」

「そーですね」


 わくわくしている王子と対照的にエリザベートは棒読みで答えた。

 食堂での会話は、他の貴族の耳に入るが、それはその場に居ることを許されないという忠告でもある。  

 幾人かの令嬢の顔を歪むのをウェイバーは見逃さなかった。

 主は権力に興味はない。婚約自体、王子の意思があって成り立っている。国は主を国外に嫁がせることはない。それは国にとって大きな打撃になるからだ。主の意思はどこにもない。

 自分にできることは、少しでも学び、主の役に立つことだけだ。主に害するものは、排除しなくては。


「ウェイバー」


 お嬢様の声に思考の海から戻る。エリザベートは実に面白いといわんばかりにほほえんでた。

 天上天下唯我独尊。愉快犯どうしようもない主。

 けれど、あの日、自分はこの方に救われた。

 幸せになってほしい。

 相手は誰でもい。ただ、この方を理解して受け入れてくれる方なら誰でも居のだ。

 王子の気持ちを疑っているわけではないが、彼は盲目過ぎる。それが心配でならない。


「ウェイバー。これからちょっと忙しくなりますわ。覚悟しておいてください」


 その言葉に含まれた意味を自分は性格に把握できただろうか。




 


 



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