初恋
「行くか」
彼女達が去ってから数分が経った。
俺は彼女の元へと向かう為に立ち上がる。
震える足に力を入れて、一歩、一歩歩いていく。
目的地は北棟。
俺は人混みの中を歩き始めた。
☆☆☆
「来ないな。私、一城さんに負けたのかな?」
何度目か分からない問いを口にする。
ここに着いてから不安の為か同じことを何度も口にしていた。
クリスマスツリーのイルミネーションはまだ点灯していない。
辺りは暗く静寂に包まれていた。
まるで、私の今後を暗示するかの様に。
「私を選んで欲しいな」
何度目になるか分からない私の願いが空に消えた。
☆☆☆
「み、いや、一城さん」
俺は一城さんの前に来ていた。
「はい」
「ごめん。俺、一城さんとは付き合えない」
俺は自分の思いを伝える。
本当ならこちらに来なくても良かったのだろう。
だが、彼女達の優しさに甘えない為にここに来ていた。
たとえ、互いが傷付くことになろうとも。
「私、宮内さんに負けちゃったんですね」
彼女なりのけじめなのだろう。
口調が敬語に戻っていた。
ツリーのある広場と俺がいる買い物エリアの境のタイルが壁のように見えた。
「でも、どうしても伝えたいことがあるんだ」
彼女は苦しそうに顔を歪めていた。
「こんな俺を好きになってくれてありがとう」
俺は一言、一言だけ告げてその場を去った。
誰かの泣き声が聞こえた気がした。
だが、振り向かない。
そして、俺は彼女の元に向かった。
☆☆☆
「み、いや、一城さん」
彼の声が聞こえた時、もしやと思った。
だが、彼の表情、言葉を聞いてすぐに理解した。
私は選ばれなかったのだと・・・
本当は笑顔で送り出すつもりだった。
だけど、自分が今、どんな表情をしているのか分からない。
「ずるい、ずるいよ」
自然と言葉が口から溢れた。
その言葉は誰に向けられたものなのだろう。
「もっと早く出会っていれば?私が彼の幼なじみだったら?」
言葉が口を出る。
「分かってた、分かってたよ。私が選ばれないってことは。宮内さんと澪君の間には割って入ることのできない思いがあったから。だけど、だけどさ、好きになっちゃったんだよ」
想いが溢れてくる。
止まらない、止められない。
「澪君、大好きだよ」
私は最後の想いを口にした。
もう二度と口にすることのない想いを。
☆☆☆
「もう、帰ろうかな?」
全身を恐怖が包む。
私は選ばれなかった。
訪れようとしている事実から必死に目を背ける。
彼の隣にいたい。
彼女になりたい。
私だけを見て欲しい。
だが、その願いは叶わなかった。
「澪・・・」
彼の名を呟く。
「唯!!」
私の言葉に答えるように私を呼ぶ声が響いた。
☆☆☆
「くそ、どこだよ」
俺は唯がいると思われる方向を見ながら吐き捨てる。
事情は分からないが南棟の広場のクリスマスツリーの明かりは着いていなかった。
広場へと走って向かっているがまだ距離があり暗くて何も見えない。
「唯」
ある程度近づいた時、彼女の姿を捉えた。
「澪・・・」
彼女の今にも消えてしまいそうな声が聞こえた。
「唯!!」
彼女の声に答える為に彼女の名を叫んだ。
「悪い、心配かけたな」
駆けより言葉を掛ける。
「え、ウソ・・・」
彼女は口元を両手で覆って言葉を溢す。
信じられないといった様子だ。
「唯、聞いてほしい」
今にも泣き出してしまいそうな彼女の目を見つめながら言葉を口にする。
続きを口にしようする。
だが、緊張で口が開かない。
今まで何年も秘めてきた想い。
口で言えないほど想いは膨れあがっていた。
「唯、好きだ。俺と、付き合ってくれ」
俺の口から自然と言葉が出た。
「はい!!」
まるで、太陽に照らされた向日葵のような笑顔で答える。
この時彼女が見せた笑顔を、俺は一生忘れないだろう。
「ありがとう。遅くなって、待たせてごめんな」
彼女の体を抱きしめながら呟く。
「ううん。澪、選んでくれてありがとう」
唯は俺の背中に手を回す。
次の瞬間、クリスマスツリーが突如輝く。
赤色の光がツリーを包んでいた。
同時に、雪が辺りに舞い始める。
「綺麗だね」
唯はツリーを見つめながら呟く。
「ああ、綺麗だな」
俺は呟くのと同時に彼女の唇に自分の唇を重ねた。
ほんの一瞬の触れ合い。
彼女はきょとんとした様子になる。
「れ、れい?今キスしたよね?」
俺は何も言えず彼女を見つめる。
今まで積み重なっていた想いが一気に溢れだした結果だった。
ずっと彼女の事が好きだった。
彼女への想いに気付いたのは小学四年生の頃。
誰かに好意を持ったのは初めてだった。
中学に入った後は彼女といることが恥ずかしく思うこともあった。
だが、常に恥ずかしさ以上の幸せが身を包んでいた。
あの日以降、皆が自分から離れていく中、彼女は傍にいてくれた。
当時の俺は自暴自棄になっていた。
自分が両親を殺してしまったことの罪悪感で押し潰されそうだった。
だけど、彼女がいてくれたおかげで潰れずに済んだ。
だが、両親を殺した俺は彼女に相応しくないという考えは常に抱いていた。
高校に入った後、唯に告白された時、飛び上がりたくなるほど嬉しかった。
だが、彼女に相応しくないと考えた俺は咄嗟に嘘をついた。
けど、好きではないとは嘘でも言えなかった。
必死に自分に嘘をついた。
一城さんに好意を向けられても常に唯への気持ちがあった。
一城さんへの好意がなかったと言えば嘘になる。
だが、一城さんへの気持ちより唯への気持ちが大きかった。
前より更に膨れあがっていた。
自分が唯に相応しくないという気持ちより自分が彼女を幸せにしたいという気持ちが強くなった。
今までのように彼女の傍にいられなくなることを考えてしまいここまで告げることが出来なかった。
一城さんへの中途半端な気持ちもあり中々自分の中でケジメをつけられなかった。
文化祭の時、やっとケジメをつけることが出来た。
偽り続けた自分の心に向き合うことを決めた。
彼女の想いを無駄にしないために。
「ありがとう」
唯はキスされたことが嬉しかったのか礼を告げてくる。
「こっちがだよ」
俺は照れ笑いを浮かべながら呟く。
「これからも宜しく」
「こちらこそ」
俺は、彼女と手を繋ぐ。
決してこの手を離さない。
彼女は俺が幸せにしてみせる。
「澪」
「唯」
俺達は再び唇を重ねる。
触れ合った唇から熱が流れてくる。
温かい、全てを包んでくれるような温かさ。
「澪、大好き」
「俺も好きだよ」
彼女の体を再び抱き締める。
彼女の想いを全身で感じながら新たな想いを抱く。
彼女と共に生きていきたい。
願いが叶うよう、夜空に輝く一筋の流れ星に静かに祈った。




