③
「永遠に終わらないかと思ったわよ。」
疲れを隠さず椅子に深く座り込むサンディを、無言で仰ぐパトリック。
空将率いる、辺境自慢の楽団や芸能兵によるショーは、やることのない配属への鬱憤をぶつけるからなのか、クオリティが高いと評判なのだが、披露が久々だったとはいえ、確かに公演時間が長すぎた。
「お陰様で明日からの現場も見に行く時間も無くなったわ。その体力もないんだけどね。」
サンディもパトリックも、上層部の人間だからこそなのか、無駄にやる気を出しているようだが、この辺境では空回りだということは、流石に一日目では分からないだろう。
今の時間は多分、空将の実家の大広間での歓待のパーティーが開催されているはずだが、2人は軍の食堂で安い定食を晩飯とする俺のところになぜか来ると、愚痴を並べだし、今に至るわけだ。
そもそもなぜ二人は、空将含む上層陣に挨拶もせずに、工兵の俺に絡んでいるのか。嫌な予感ばかり浮かぶが、あえて無視して俺は変わらず食堂最安値の魚のフライにありついている。
「あーーーーーっ!!!バカボブ!!!!何やってるのよ!!!!!!。」
耳障りにも聞こえそうな甲高い声に、2人は驚いて聞こえた方向を向いたが、俺だけは下を向いて無視して食事を再開した。
しかし、ものの数秒で頭に鈍痛が走り、投げられた何かが食堂の床にぶつかり転がった。
ずかずかと乱暴な歩調だが、来ているドレスに合わせた品の見える歩き方は、彼女の隠しきれない良家出身の側面を醸し出している。
「お2人がこっちに来てるのになんで会場に連れて来ないのよっ!!!」
「報告は無線でしました。」
食べる手を止めて彼女の方を向き、ぷりぷりと怒る彼女に短く言い訳したが、それで理解してもらえるはずもなく、彼女、辺境貴族出身の通信兵 ルナは、さらに言葉を続けようとしたが、俺の目の前の息を飲む2人の声に、やっと状況が理解できたのか、慌ててお嬢様のモードに切り替わった。
「申し訳ありません。落ちこぼれの一兵卒なもので礼儀が分かってないんですの。」
俺の頭を掴んで無理矢理下げさせながら、謝罪のポーズを作るが、2人はあっけにとられているだけだ。
「ええと・・・ミス・プラベ嬢とボブはお知り合いで?」
サンディが敬称をつけるくらいには、歴史ある家柄のルナは、ジュリー空将の生まれた時からの婚約者で、彼と同じ物が見たいと、軍に入隊したお転婆お嬢様として辺境一の有名人だ。
もっとも、空将は隣国の姫との結婚が内定しており、最近は捨てられたことへの悪口が広まってるとかなんとかで、サンディの気遣いもそこに由来してそうな感覚はある。
「軍研修のプログラムで偶然組んだだけですよ。なぜかその日からずっと絡まれていまして。」
最大限おおまかに説明した俺の頭を、ルナ・プラベは再度思いきり掴み、ぎりぎりと締め付けた。
「貴方が自分の立場が分かっていないからよっ!!!」
そのまままた長時間説教かと覚悟したが、本当に時間がなかったのか、俺の頭を投げ捨てるように手を放し、そのまま2人に向き直って、パーティーに顔を出すように説得してきた。
「長旅でお疲れな所申し訳ありませんが、主賓がいないとなりますと・・・。」
ルナが歯切れ悪くそう言うと、サンディは納得したのか立ち上がり、パトリックも彼に従う。
「明日から乗ってもらうの。確定だから。」
俺に向けてぽつりとそう呟き、サンディはひらひらと手を振りながらパトリックと連れ立って、ルナの後ろにおとなしく従って去って行った。
1人残った俺は、窓の外をぼんやりと眺める。
白銀の機体は、田舎の明かりが少ない中でも、闇の中にぼんやりと浮かび、存在感を十分に現していた。
俺がパイロット??馬鹿げた発言でしかない。辺境の兵士全員がそれを認めないだろう。
だが、あの機体を操縦する自分を想像してみて、それすらできない自分になぜか悲しくなった。
定食はもちろん、完食した。