二日目
森北の隣の席の女、雫下伊織。
森北は雫下を不思議な女だと認識している。
制服のポロシャツの上に、普通ならブレザーを羽織るものだが彼女は黒いパーカーを羽織っている。ボトムスはスカートではなくジャージの黒いズボン。入学した海森高校は、校則が緩く、私服登校も許している分何もおかしくは無いのだが・・・
挨拶をする時と、森北が名前を間違えたときにチラリと見えた顔。
長く艶のある黒髪の前髪は右目を隠して、露な左目はきりりと描いたよう。ちょっと吊り目で、長い睫は白い肌に影を落としている。ちょっと怖いほどの綺麗な顔立ちだ。整った顔の線は細いが、脆弱ではない。むしろ言葉にしがたい威圧感があった。
雫下が睨んだときのブリザードのような視線で。ちょっと顔が固まったほどの威圧感だ。
森北は素直だと自負している。だが、中学校時代の友達にはこう言われていた。
__お前、単純だよな。
その時は笑って過ごしたが、実際はまあまあ傷ついていた。良く言えば素直、悪く言えば単純。小さい頃から姉に騙されて笑いものにされていたから本当にそうなのだろう。
けど、素直(単純)な性格を変えるつもりは無い。だから、いつも通り率直に聞いた。
「お前なんで右目隠してんだぁ?」
「お前に関係ない」
案の定バッサリと切り捨てるような声が返ってきた。雫下はとことん人と関わりたくないようだ。
けれど、席が隣なのだし、しかも自分は社交的な性格だ。隣の奴と全く話さずシーン・・・なんて事態は避けたい。だから、少しでも打ち解けようと森北は話しかけた。
「俺さ、ここに引っ越してきたばっかなんだ。街とか案内・・・」
「しないから」
再びバッサリと切り捨てられてしまう。
苛々が募る中、「なあなあ」と声を掛けられた。
「えっと・・・森北だよな」
話しかけてきたのは、こげ茶色の坊主頭。そういえば、こいつもサッカー部だったよな・・
森北は気を取り直し、「あぁ、どうした?」と生徒を見た。
「俺、東シンジ。シンジでいーよ。俺で良ければ街、案内するけど・・・」
ちょっと照れ臭そうに頭を掻くシンジは、良い人オーラが滲み出ていた。
森北は帰り道すら怪しい程方向音痴なので、「おお、いいのか?!」と目を輝かせる。その日、シンジと帰ることになった森北だった。
ガラリと扉が開き、背の高い女教師が姿を見せる。後頭部でひっつめたお団子、キリッとした目付きに皺だらけの顔。森北は「この人に逆らってはいけない」と直感した。
「皆さん、おはようございます。今日から三年間、このクラスを担当する山上記理子です」
担任は一通り年間の行事等を説明すると、あとは交流会として自由時間を取ってくれた。案外優しいのかもしれない。
自由時間、それぞれがまた友達作りの為に喋り始めた。俺の所にも数人が喋りに来る。
「森北君はさー、部活どうすんの?」
そう聞いてきたのは茶髪の女子、名前は確か足立だったと思う。垂れ目にぷっくりした唇と、中々可愛い顔立ちだ。
「俺はサッカー部推薦で入ったからなー。サッカー部だ」
足立は口を尖らせて「ざんねえん」と去って行く。
シンジと中学の頃からの親友、琉河と笑いながら喋る。チラリと雫下のほうを見やると、安定の無表情だった。
誰も雫下に近付こうとしない。
確かにぶっきらぼうでよくわからん奴だが・・・
中学の時の友達でもいるだろ?なんで誰も近付かないんだ?
森北は何故かグッと胸が苦しくなり、視線を逸らした。
「連?どうした?」
琉河が怪訝な顔をして森北を覗き込む。
森北は急いで笑みを貼り付け、「なんでもねえ」と返した。
胸がグッと苦しくなった理由は、知っている。
あいつには・・・友達が一人もいないんだ。
それを知っている雫下だから、こんなに悲しい。寂しい。
もう諦めちまってるから、苦しいんだ。




