雨上がり
☆
航は息を切らしていた。
こんな焦ってるとこ今まで見たことない。
「先輩…空、俺のなんで」
航は不機嫌な低い声でそう言うと、私の腕を引っ張っていく。
「航、ちょっと、待って腕…」
彼は待ってはくれない。私も息があがってしまう。
苦しい…。
★
祐也先輩がまた空の前に現れる。
空は先輩のこと今はどう思ってんだろうか。
二股されて…また付き合うなんてことねぇとは思うけど…
河原で見たこいつの泣き顔。
泣くほど好きな奴だったんだから、簡単に気持ち変わんねぇのかも。
お前まだ先輩のこと…好き?
★
俺…先輩の前から空を連れ去る。
やっぱ渡したくねぇ。
けど、俺がしたことってどうなんだ?
もし、空があいつにまだ気持ちあったら…邪魔してんのは…?
「航、…ねぇ、航ってば腕離して」
気づいたら河原の近くまできていた。
少し前は雪の冷たさに震えていた草木も…春風に吹かれ、どこか穏やかさを取り戻していた。
息がしずらい…俺は大きく息を吐いた。
あぁ、もう知らね。
空がどうとか…先輩がどうとか、マジもう考えんのやめる。
勝手だけど、俺は自分のしたいようにする。
ちゃんと気持ち伝えねぇと。
「空…俺やっぱお前のこと好きだ」
☆
航からの告白は突然だった。
またからかわれてると思ったのに…
彼の強い瞳は私をまっすぐ見ていた。
「航…本気で言ってるの?」
「冗談でこんなこと言うかよ」
いきなりすぎて、気持ちがついてかないよ私。
瞳だけが重なり合う。
★
空の瞳がずっと俺をみている。
訳わかんねぇって顔だ。
黙ったままの空…俺はそんな彼女の返事を待った。
「バカ…」
空から出た言葉。
「バカってなんだよ、俺はちゃんと…」
!?
空が泣いてる。なんで?
空の泣き顔を見たのは、これで3度目だ。
こいつの泣き顔に俺は弱くて…どうしていいか分かんなくなる。周りは人通りもあるし…俺たちはすっかり注目の的で…。
「空…泣くなって…」
……。
どうしようもなくて…俺は空の手を握り引っ張って歩く。
★
で…俺の部屋。
高貴がいなくて助かった。いたら、ぜってぇ空のことなんか言われてたよな。
「ごめん」
空はやっと泣き止んだけど…目が赤いし鼻声だ。
「いや、俺…お前なんか泣かせるようなことした?」
……。
「航は…私じゃなくて…まどか先輩が好きなんじゃないの?」
また…先輩がでてくる。
俺はあのこと、忘れてぇのに…
「先輩よく航んち来てたって、高貴くん言ってた」
「あぁ…?そうだけど、お前と付き合う前だし…サッカー部の奴等みんなでだぞ」
俺の答えに空の瞳は大きくなった。
「え!?けど…こないだだって…用事って先輩と…家
…来てたじゃない…」
は!?こないだって…なんだ?
俺は記憶をさかのぼる。用事?…あぁ…あれか…
「あんなぁ…用事って、一緒に帰れなかった時のだよな?あれ、俺教えてる奴の参考書選び付き合っただけだから」
空の赤い目が俺の方を向く。
「けど…」
「お前、なんで先輩に会ったの知ってっか分かんねぇけど…偶然会っただけだから。高貴と仲良くて、本貸したままだって言うから、俺んち来たけど…高貴と少し話して本持って帰ってったぞ」
空は俺から目をそらすと、ばつが悪そうに小さくごめんと言った。
よく分かんねぇけど、結局なんで空泣いてたんだ?
先輩が原因か?
「なぁ、空…もしかして…先輩と俺のこと疑ってたとか?」
「だって…航が…言い訳できねぇって…」
俺…そんなん言ったか?
☆
「航…私ね、いつのまにか航のこと好きになってた」
祐也先輩のこともあって、航には迷惑かけたから、ほんと勝手だなって思って。
先輩がダメだったから、航にしたみたいに誤解されたくなくて…言えなくて…
まどか先輩がいたし…
航は私を見ている。訳わかんないって顔だ。
だよね…
「祐也先輩は…いいのか?」
祐也先輩にはずっと前から気持ちはない。
中2の時に終わってる。色々言われたことがショックで…立ち直るのに時間がかかっただけ。
「……うん」
☆
航の顔が近づいてきて…私は目を閉じる。
やっぱり先輩とは違う…
彼に触れられるのを嬉しいって思うから。
航に触れるのは久しぶりで…
キスされたら、感情がこぼれていく。
★
空に触れた…色んな感情が込み上げてきて、嬉しいのに苦しい。
空はこらえきれず、泣いていた。
「他の人ともう…キスしないで…、まどか先輩とも…」
なんだろ…すげぇ素直というか…こんなん言われる方がヤバイんだけど。空自覚してねぇだろうな。
可愛すぎて、俺は空の唇をふさぐ。
☆
航とくっつきたくて…
彼のキスが長くなって…激しくなってきた頃…
「兄貴~、俺帰ってきたからな~、女物の靴あったけど、変なことすんなよ~」
弟くんの声。階段の上がってくる音が聞こえ、そのまま部屋の閉まる音。
「航…?」
航は固まったままだった。
「高貴のやつ…」
彼は不機嫌そうにつぶやいた。
……。
私はなんだかおかしくて吹き出した。
そんな私を見て…
不機嫌そうにしていた彼もまた、優しい瞳で笑ったのだった。