雷雨
★
食われるんじゃないかって程、激しいキス
身体が勝手に熱を帯びていく
……。
「どけよ」
俺は抱きつく形で上にまたがっている女を、無理矢理押し退けた。
「何?コウだってその気だったじゃん」
違う…
「やっぱ、航は意気地無しだね」
その女は乱れた服を正すとそのまま部屋から出てった。
俺の消したい記憶…高1の夏。
★
高2夏…湿気を含んだ風がまとわりつく…嫌な季節だ。
渡り廊下…
「俺ら、やっぱ別れよ」
「な…なんで?」
俺の発言に目の前の女は泣き出した。
泣いている女を見ても、俺はどこか冷めていて他人事のように感じてしまう。
俺がため息をつくと、彼女の涙は止まった。
そして
思いっきり頬を叩かれた…
「気すんだ?じゃあな」
俺はそのまま、その場から立ち去る。
★
「お前、また別れたの?今月入って何回目だよ」
友人、七沢佑都があきれたように俺を見る。
「コウの女遊びは今に始まったことじゃないよ、佑ちゃん」
その隣にいた茜も会話に加わる。
「うっせぇよ」
佑都と茜は付き合っている。ふたりは幼馴染みだ。
昔から知ってるのに、恋愛に発展すること自体すげぇって思う。
「それにしても…お前ってショートの子好きだよな」
「別に」
「だってさぁ、みんな付き合った奴はショートじゃん」
「まぁ…たまたま?」
「ショートっていえば、空ちゃんもだよね、コウの幼なじみ」
「なぁ、なんでお前ら仲悪いわけ?」
自分たちの感覚で言うふたりに俺は少しいらっとする。幼なじみだからって、みんな仲がずっといいわけじゃねぇんだよ。
「さぁ、知らね」
俺はこの話題を終わらせた。
★
隣のクラスの空とは、幼稚園の頃からずっと一緒だ。
けど、仲は昔からよかったと言えるものではない。
たまたまずっと一緒の学校だっただけで、幼なじみと呼んでいいものか謎だ。
廊下ですれ違う。一瞬目が合う…けどほらな、すぐにあいつはそらす。お互い話しかける訳でもない。
最近は会話することもなくなっていた。
★
「ねぇ、航…」
甘ったるい声が耳に残る
「なに?」
顔が近づいてくる…
「キスしてよ」
こんなこと、たいしたことない。
絡みついた唇を離すと、彼女は潤んだ瞳で俺をみて身体を預けてくる。
「離れろよ」
俺は女を押し退けた。
★
放課後…佑都が茜と話しているから、終わるまで待っていた。
「何、お前ぼけっと外みてんの?」
「別に…」
「あ、空ちゃんと、祐也先輩じゃん。付き合い長いよな…中学からだし」
2人は一緒に並んで帰っていた。
あいつは今どんな表情をしているんだろう。
「…そうだな。もういいから早く帰ろうぜ」
佑都と俺は教室を後にした。
★
ある日の放課後…知らない先輩に声をかけられた。
裏庭…
ガツッ
やっべ…口ん中マジ切れたし。
端から血が流れ出る。
「お前さ…最低な奴だよな」
殴った奴は感情を高ぶらせる。
「なんすか?よく俺分かんねぇんだけど」
俺の淡々とした口調が気に入らなかったらしい。
胸ぐらをつかまれた。
「ふざけんなよ…奈保のこと遊びやがって」
「あ…?先輩、奈保のこと好きなんすか?」
奈保はこないだ別れた女だった。
「俺はお前みたいに、女にだらしない奴が大嫌いなんだよ、2度と奈保に近づくな」
2発目がくるかと思ったけど、離された。
めんどくせぇ、なんでそんな熱くなれんだ?
★
佑都待ってっし、教室戻っか。
水道で口をゆすぐ。吐き出すと赤く染まった水が流れていった。
視線を感じた。
空が何か言いたそうに立っていた。
「何?何見てんだよ」
苛立ち、にらみつける俺に対して、ひるむ様子もなく…
「何で…怒ってんの?訳わかんない。ただ、それ…腫れてるから心配しただけじゃない」
心配?
「別にほっとけよ、こんなん平気だし」
……。
「どうして…」
「航~、平気か?っておいおい、すっげ腫れてんじゃん。マジお前なんかしたの?」
空が何か言いかけた時、佑都が心配してやってきた。
「いや…あいつ、奈保のこと好きみたいで、なんかめんどくせぇよ」
「奈保ちゃん?あぁ、けどあれはお前悪いだろ、嫌なら手出さなきゃいいのにな…お前も」
呆れた表情の佑都。
「…最低」
「え?空ちゃん何て言ったの?」
聞き返す佑都を無視して、空はそのまま走って行ってしまった。
「おまえ…空ちゃんにもなんかしたのか?」
「なんも。俺あいつに手出したことねぇよ」
最低…
あいつからその言葉を聞くのはもう何度目になるんだろう。
もう慣れっこだ。
何を言われても別に気にしねぇよ。
★
「最低…、触らないで!!」
俺に向けられたあいつの軽蔑した眼差し…
お前に俺の何が分かんだよ。
込み上げてくる苛立ちを抑えることができない。
こんな感情いらねぇ…。
★
朝…なんでまたこんな夢見んだろ。
最悪。
「はよっ」
あくびをしながら教室に入ると、佑都が寄ってきた。
「なぁ、茜からの情報なんだけど…すっげんだよ」
「へぇ」
低血圧な俺は…適当に答える。
「空ちゃんと祐也先輩別れたって」
俺のぼんやりとしていた頭がはっきりしていく…
「は!?何それ」
そんなんある訳ねぇじゃん。
あいつ先輩のこと大好きだったし。
「いや…なんか先輩っていつも穏やかで優しい感じじゃん。けど…なんか他校に本命いたらしくてさ…二股つーかさ」
……あの先輩が?
そんなん全然見えねぇけどな。
「適当なこと言ってんなよ、どうせデマだろ」
「まぁ…そうかもしんねぇけどさ」
俺が話に乗ってこないからつまらない様子だ。
★
部活なくて、佑都と茜の女友達とゲーセンで遊んでた。茜の友だちは、みんなサバっとしていてつきあいやすい。
小腹がすいて近所のコンビニに立ち寄る。
そこで空を見つけてしまった。
最悪…。
パーカーに短パン…短すぎじゃね?
もう遅せぇ時間だし、ちょっとは気にしろよ。
「ってお前何酒持ってんだよ」
びくっとした、空。
「あ…びっくりした、なんだ航か」
「制服だし、ばれるから、あっち行ってよ」
声かけたことを後悔した。
ほんと可愛くねぇ。
俺を無視して、レジに並ぶ。
普通に買えてっし…まぁ、背は高いしな。
★
河原沿い。空の後ろ、離れて歩く。
「なんで、ついてくんのよ」
俺だってついてきたくねぇよ…けどしょうがねぇじゃん。この辺人通り少ねぇし。
河原の下に降りる階段のとこに座り込むと、彼女はビールの缶をあけた。
「おいしい~」
空は無邪気に声をあげて笑う。
「お前さ…なんかあった?こんなんらしくねぇじゃん」
どうしてもほっとけなくて、俺は隣にどかっと座った。
「別にほっとけよ、こんなん平気だし」
彼女は俺をにらみつけた。
……。
「この間、航が私に言ったセリフだよ」
そう言って今度は笑った。
「ちょっ、なに勝手に人の飲んでんのよ」
俺は袋からビールを取りだし一気に流し込む。
「後で金払うし、ケチくせぇこと言ってんなよ、ほんと可愛くねぇなお前は」
……。
「な…なによ、私だってそんなこと分かって…」
なんで…泣き出すんだよ。
初めて見る空の泣き顔に、俺どうしていいか分かんねぇ。
「や…悪かったよ…なぁ、泣き止めって」
「先輩…も同じこと言ってた…」
先輩?
「や、あれ…噂デマだろ、あんなん気にすんなよ」
「…別な子とキスしてた。見るの初めてじゃないの、私気づかないふりしてた」
じゃ…佑都の言ってたのって…マジかよ。
「最低な奴だな…まぁ、早く本性分かってよかったじゃん」
「……。航に言われたくないと思うけど…」
「お前っ、せっかく俺が…」
酒のせいもあるのか、空はふわふわしている。
つらいはずなのに笑ってやがる。
!?
少し冷たい風が河原の草を次々と揺らしていく。
あいつに触れた唇だけが熱い。
「な…なんでこんな…キス」
俺は濡れた唇をぬぐった。
「いや…空、先輩見返したくねーの?手伝ってやるから、俺と付き合えよ」
淡々と言った。
「なっ、何言ってんの?そんなことできるわけな…」
「だから…そういうとこ、先輩は可愛くねぇって…」
俺の言葉が空を傷つける。また泣きそうな表情だ。
「…付き合えばいいんでしょ」
「決まりだな…まかせろって、空」
風に吹かれ空になった缶が音をたてて転がっていった。