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呪われ侍女と恋する勇魔  作者: 双羽みつ
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男なら世界に色は求めないⅢ

「御免なさい。私、頭に血が上ってしまって……」


「いっ、良いんだ。悪いのは俺だよ。この石版が、死者を弔う為の物だっと知っていれば、あんな無礼な事しなかったのにな……」


 ティファニーに鼻から垂れて来る赤い液体を拭いて貰いながら、ロージックは、謝罪の言葉を述べている。情けない彼のその姿は、誰がどう見ても、次期魔王と呼ぶのは程遠いように思えた。

 幼少期から容姿こそ文句の付け所の無い美少年だったが、立ち振る舞いや内面的な類が誰よりも庶民的で親しみ易い、魔王族の中で一際異端な存在として周囲の目を引いていた。それに加え、生まれ付き並の魔力(魔王族は庶民の数倍以上の魔力を持つ)しか保持していない上、勉学の才もほぼ皆無。故に、第二王子ロージックが魔王の器に微塵も相応しく無いと、異論を唱え出す権力者たちも少なく無かった。


「魔界では、お墓を造る風習はないんですね?」


 鼻血を拭き終えたティファニーが、口を開いた。


「ああ、うん。魔界は土地が限られているから、いちいち造ってたら大変な事になるよ。所で……このお墓があるから、俺との待ち合わせ場所をここにしたの?」


 ロージックが派遣事務所に電話を掛けた時、ティファニーが指定して来た待ち合わせ場所は、このトレマス島の岬だった。

 距離的には魔界から遠のいてしまうので、少し面倒にも思ったが、こちらから『何処でも構わない』と言ってしまった故、渋々それを受け入れたのだった。


「彼に挨拶しておきたかったんです……」


「誰? そんなに大切な人?」ーーと白々しく聴いてみて、心で自分自身に突っ込みを入れる。

 

 ーー本当は、そいつを魔界で良く知っているくせにーー。


「ええ。とっても大切な人でした。何時も駄目な私を励ましてくれて、彼だけは私を信じてくれた。だから、私は曲がらないで、真っ直ぐ生きてこられたんだと思います」


 そう言葉を紡いだ彼女の横顔に、ロージックも、自然と嘗ての自分を重ねていた。


「分かるよ。俺もそうゆう人を亡くしたから……」


「貴方も??」


「ーーああ。俺の場合は、父親。俺が落ち込んだり、失敗したりする度に、『大丈夫。お前なら出来るさ』ーーって、何時も励ましてくれたんだ。本当に偉大な親父だったよ」


 そこまで言うと、急に改まった様子でティファニーが尋ねて来た。


「ーーあ、あの。一つだけ……聴いてもいいですか?」


「ん? 別に構わないけど」


「お父様が亡くなられた後、自分が変わってしまったって、思った事ありませんか?」


 軽い気持ちで受けた質問だったが、彼女は、思っていたよりも真剣だった。


「変わった?? 俺が……?」


「はい。例えば、世の中を見る目とか……。まるで世界から色がすっぽりと消えてしまった位の、心に起きた変化みたいなものって、ありませんでしたか?」


「ーーまあ、あるっちゃあるけど……。俺の場合は、父上が死んだからじゃなくて、自分の心を欺いているからーーかな……。ちょっ、ちょっとその辺の事は、詳しく言えないけどっ!!」

 

 ロージックが急に慌てたので、ティファニーは、半分不思議そうな眼で見つめている。

 言わないでも良い事を口にしてしまったロージックは、また何時もの悪い癖が出ちまったーーと己の至らぬ部分を嘆いた。

 これから人生を掛けた大芝居を打とうとしている身なのに、隠し事や嘘などは、昔から大の苦手なのだ。一先ずこの場はーーと諦めて、今は、己の心の底から湧き上がって来た感情を、彼女に捧げる事にした。

 

「ーーーーあのさ……。こんな事言ったらどう思われるか分からないけど……。時に世界が鮮やかだと歓喜したり、また時には、世界から色が消えてしまった事に悲しんだりするような、そんな女の子ーーーー俺は、凄く素敵だと思う」


「!!」


「俺は、自分の目的さえ果たせれば、別に世界に色なんて求めた事ないし、正直そんなのどうだって良いんだ。ーーでも。君みたいに世界の色を信じ、それを感じるような女の子が隣に居てくれる男は、多分凄く幸せなんだろうーーって思うよ」

 

「ーー……」


 するとーー。ティファニーは、被っていたボンネットを両手で下に引っ張り、見えないように顔を隠してしまった。 

 

 ーー何か、気に障るような事言っちゃったかな?


 気まずい沈黙を、ぎこちない咳払いをしてやり過ごす。

 彼女を素敵だと思ったのは本当だったーーーー。

 先程初めて彼女の姿を見た時と、実際に話してみた後と、何時の間にか自分の中で印象が変わっていた。

 

 ーー見た目と違って、真面目で純粋なんだな……。

 

 そんな事を考えた矢先、ティファニーの方から、沈黙を破った。


「ーーーー……。あの、本当に厚かましい事は承知の上で、貴方にお願いがあるんです」


「ーー俺に?」


「ええ。さっき私が言った事、全部聴こえていましたよね? 魔界の王子様が……へっ、変人だとか、そうゆうの……」


「あ、ああ……あれね。うん、ちょっとは聴こえてたかな」


「出来ればっ! 王子様には、ご内密にして頂けないでしょうかっ?! さっきから、どうしようかと思っていたんですけど……貴方は、とても良い人そうなので」


 捨て犬のような瞳で、こちらを見つめるティファニー。

 

「……分かった。王子の耳には入らないようにするよ」


「有難うございます!!」


 ーーもう、とっくに入ってるんだけどなぁ……。


 折角、彼女の方から正体を明かせるチャンスを作ってくれたのに、どうしても真実を告げられなかった。

 懇願するティファニーの顔を見てしまったら、とても言えるような雰囲気では無かったし、もし、ここで本当の事を言えば、彼女は、瞬時に態度を改め、その他大勢の一侍女としてロージックを敬うだろう。

 ーーだが。自分が王子である事を知らない女の子と話すのが、こんなに良いものだと初めて知った。折角のこの機会、もう少しだけでも、ティファニーと主従関係や恋愛関係を抜きにしたノーマルな時間を過ごしてみたかった。

 

 

 「やっぱりお前かぁ!! 良くノコノコこの島に帰って来れたもんだなっ!」



 その時だった。

 突如、場違いな怒号が後方から響いた。

 振り返った視線の先には、お世辞にも小綺麗とは言えない風貌の中年男が、錆付いた斧を手にし、憎悪を丸出しにして、こちらを睨み付けていた。

 男に覚えの無いロージックは、「知り合い?」ーーと、ティファニーに尋ねる。

 ーーだが。隣で顔を強張らせている彼女が答える前に、男が再び声を荒げた。


「屋敷の窓から、お前と似た女が歩いてるのが見えたから急いで飛んで来たら、まさか本当にティファニー、お前だったとはな! グランドール家の昔年の恨みを返せる日が、ようやく来たようだぜっ!」


 男は、斧を握り締め、今にもこちらに襲い掛かって来そうな形相だ。


「待って下さい! 彼女が、貴方に何かしたんですか?」


 ロージックは、男とティファニーの間に立ち塞がる。

 

「お前っ……そいつを知らねぇのか?! その女はなぁ、【呪われた侍女】って有名でな! そいつの歴代の雇い主は、皆事故で死んじまった! 俺達のご主人もだっ! その女を雇わなきゃ、アクシス様が命を落とす事は無かったし、グランドール家も破滅の一途を辿らずに済んだんだよっ!!」


「破滅の一途とは、どうゆう事です?」


「アクシス様が亡くなり、この女が、グランドール邸を出て行った後、旦那様と奥様は、毎日言い争いが耐えなくなり、暫くして奥様はこの邸出て行った。残された旦那様は、心と身体を患い、毎日酒浸りの生活を続け、今は病床に臥せっていらっしゃる」


「……」

 

 ティファニーの表情が凍り付く。


「何もかもお前のせいだっ! お前さえこの家に来なかったら、グランドール家は、今でも幸せなご家族だった! お前が、グランドール一家の幸せをぶち壊したんだっっ!!」


「ーー……」


 ロージックは、大きな溜息を溢し、


「馬鹿らしい。これだから人間は困るんだ」ーーと、男に向かい、あからさまに彼を嘲笑った。


「何だとっ……?!」


「実は、彼女。既に新しい主人が決まったんです。大そう勇敢な主人でね、彼女が本当に呪われているかどうか、自分の身を以って確かめたいらしんですよ」


 ロージックは、静かに男の方へと詰め寄って行く。


「本当に【呪われた侍女】かどうか決めるのは、それからでも遅くないでしょう? 何なら証明して差し上げますよ? ーーこの、俺がーー」


 男の方も引き下がらず、一触即発と言った状況だ。

 普段は、頼りない言動の多いロージックだが、本人の意識とは違う所で、感情のスイッチが入ってしまう事が、過去に数回だけあった。

 ーー唯。そうなってしまうと誰も手が付けられず、頭が冷めた後の自分自身でも、恐ろしいと感じてしまう程だった。 

 

「おいおい、そんな約束しちまって良いのかぁ? もうその女は、主人を三人も殺してるんだ。次の主人が死ぬ確率も相当なもんだぜ?!」


「望むところ……」ーーと、ロージックがそこまで言葉を発し掛けた時、


「おーいっ!! こっちだぁーっっ!!」


 突如、手にぶら下げていた斧を振り上げ、男が遠方に向って叫んだ。

 男の視線の先には、五、六人の男女が木の棒やくわを手に、こちらに向って走って来る姿があった。

 

「やっぱりティファニーだったぞー! おかしな野郎も連れてるが構わねぇっ! やっちまえっっ!!」

 

 石を拾い上げた島人たちは、男の合図で、ティファニーに向かって投げつける。

 ロージックは、反射的に彼女を庇い、胸に抱き寄せた。

 背中に鈍い痛みが走る。


「疫病神!! 二度とこの土地に脚を踏み入れられない様にしてやるっ!!」


「早くから出て行けっ!!」


「アクシス様の敵!!」

 

 ロージックとティファニーは、次第に崖の先端まで追い詰められ、これ以上行き場の無い所まで後退していた。

 間違えて一歩でも脚を踏み外せば、取り返しのつかない事態が起きてしまう。

 ーーしかし。

 ーー既に時は、迫っていた。

 最初に来た男が、何かを叫びながら、持っている斧を振りかざす。

 ーーと同時に、感情のスイッチが入ってしまったロージックは、体内の魔力を全身から放出。

 斧が振り下ろされるのと同じタイミングで、ロージックの怒りの鉄槌が発動され掛けた刹那ーーーー、

 ティファニーが、崖から脚を踏み外してしまった。

 瞬く間に、崖下へ吸い込まれて行くティファニー。

 ロージックは、躊躇なく、その身を空中へ投げ出した。

 咄嗟に、今一番最善たる魔術を発動させる。


「間に合えーーーーっっっ!!!」


 周囲の岩場が光り輝き、水面のように揺らぎ始めた。

 そして、次の瞬間ーー。

 二人の男女の身体は、岩壁に叩き付けられる事無く、その光の中へと呑み込まれて行ったーーーー。




 

 我に返ったロージックは、呼吸を開始した途端、ゴボゴボと水を吸い込んでいる事に気が付いた。

 それもその筈。

 眼を開けると、そこは、薄暗い水の中だった。

 ロージックは、一緒に瞬間移動した筈のティファニーの存在を思い出し、水中の奥底に眼を凝らした。

 呼吸を封じ込み、濁った視界の中で、必死に捜索を開始する。

 水中だと言うのに、冷や汗が止まらない。

 逼迫した状況下で、息の続く限り、隈なく周囲を見渡す。

 ーーだが。彼女の姿は何処にも無い。

『もう駄目なのか……』ーーと、諦めかけたその時、


「?!!!!!」


 彼の視線が捕らえたのは、水底へ沈んで行くティファニー ポジットの姿。

 ロージックは、急いで彼女を腕に抱え、最後の力を振り絞って地上に這い上がる。

 そのまま岸に転がり込み、隣で意識を失っているティファニーの身体を、有りっ丈の力で揺さぶった。


「ティファニー! ティファニー ポジット! おいっ! しっかりしろっ!!」


「ゲホッッ!! げほっ! ごほっ!」


 口から勢い良く水を吐き出し、呼吸を取り戻すティファニー。

 むせ返る姿は苦しそうだが、どうやら無事なようだ。


「大丈夫か?」

 

 ロージックも思った以上に体力を奪われており、仰向けの姿勢で、そう尋ねるのが精一杯だった。

 彼女からは、苦しそうな息遣いが聴こえてくるだけで、何も返答は無い。

 灰色の雲を見つめながら、ロージック自身も、暫しの間、呼吸を整えていた。

 ーー数十秒後。ティファニーの泣き声に、鼓膜を揺さぶられるまでは……。


「うっ…。ううっ……」


 自分の耳を疑いながら、ティファニーの方へ頭を転がすと、両腕で覆われた顔の口元から、確かに嗚咽が零れていた。


「ティ、ティファニー……?」

 

 恐る恐る声を掛けたが、まだ泣きながら顔を覆ったままだ。 

 

 ーーよっぽど怖い思いをさせちまったみたいだ……。

 

 こんな事なら、日頃から、兄に女性の扱いについて手解きを受けておくべきだったかも知れないーーと後悔に苛まれているうちに、やっと、ティファニーが声を発した。


「私……。私、うっ、うっ……。王子様に会ったら、まず、一番初めに伝えたい事があるんです……」


「伝えたい事?」


「……ええ。『私を雇って下さって、有難う御座います』って……」


 その言葉に、ロージックは、一瞬ギクリとなって押し黙った。

 まだ、彼女には本当の事を言っていない。

 自分が魔界の王子だとーー。

 そんな事を知りもしないティファニーは、まだ涙を流しながらも、言葉を続ける。


「ご覧の通り。私は、天涯孤独な上に、誰にも必要とされていないんです。だから今日、この魔界のお仕事が決まらなかったら、行く当ても無く、独り路頭に迷ってしまう所だった。平常心を装っていたけれど、明日の事すら分からなくて、本当は凄く怖かった」


 ーーそうだったのか……。


 ロージックは、彼女の涙の理由を理解出来た事に、安堵し掛けたのだがーー、


「でも、こうゆうのは初めてじゃないんです。今まで、ご主人様が亡くなる度に、次の仕事先が見付かるか不安で堪らなかった。幸運な事に、その都度、心の優しいご主人様達が私を拾って下さったんです。その救いが無かったら、今の私はどうなっていたかも分からない」


 次の瞬間だった。

 ティファニーの泣き顔が、一層深く歪んだのはーーーー。



「一度も伝えてないのよっっ……」



「ーーっ??!」


 ロージックは、この先の言葉で、涙の真の理由を理解した。


「感謝の気持を一度も伝えてないまま、皆逝ってしまった。この命がある限り、精一杯尽くして恩返ししようと思っていたのに、叶わなかった。どうしてっ……。どうして大切な人は、居なくなってしまうのっ……?!」


「……」


「私は、噂通り本当に【呪われた侍女】なのかもしれない。大切な人に、感謝の言葉を言えない【呪われた侍女】。だって……、言える訳無いじゃない! 私を雇ったら、死んでしまうかもしれないってゆうのに、お礼なんて言えっこ無いわっ!」


「……」


「でも、ずっと後悔してる……。伝えれば良かったって。本当は伝えなきゃいけなかったのにって……。言えなかったのは、罪悪感じゃない。勝手に自分で自分の心に、呪縛を掛けていたせいよ」


 ロージックは、上半身を起こすと、仰向けのまま泣きじゃくっているティファニーの隣に、そっと寄り添った。

 ーーそして。

 深紅色の瞳で、ティファニーの顔を覗き込む。


「じゃあ、その呪縛ーー。たった今、俺が解いてやるよ」


 彼女の頬を伝う涙を指先で優しく拭うと、これ以上隠し切れない真実を告白する。


「君を雇いたいと依頼したのは、この俺だ」


「?!」


 ティファニーの鳶色瞳が、大きく見開かれた。


「ティファニー。こちらこそ有難う。君の気持ち、充分に受け取ったよ」


「あ……貴方って、一体……?」

 

 ロージックは、バツが悪そうに微笑する。


「嘘を付いてて悪かった。何時打ち明けようと思っていたんだけど、丁度良い。魔界の王子は、この俺だ。俺がーーーー君のご主人様なんだよ」


「ーーっ……?!!」


 ティファニーの瞳が、もう一度大きく見開いた瞬間、ロージックは、時が止まったような錯覚を覚えた。

 まるで、世界が色付いていくような幸福感。

 世界はーーーーーこんなにも美しかっただろうかーーーーー。

 柄にも無くそんな事を感じた後、彼の口から、本人でさえ意外な言葉が吐いて出た。


「ーーーー君。とんでもない魔法を使ったね……?」


「……??」

 

 涙で濡れたティファニーの瞳と頬を見て、ロージックは思った。


 ーー彼女を幸せにするも、そう悪くないかもーーとーー。 



本気で好きになっちゃったら、彼の計画は、一体……?(汗)

『色』編は、これで終わりです。

今後も宜しくお願いします。



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