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呪われ侍女と恋する勇魔  作者: 双羽みつ
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男なら世界に色は求めないⅡ

 海面から穏やかな風が吹き荒ぶ、昼下がり。

 ロージック ジェファーソンの姿は、雄大な大自然を望む、トレマス島の岬の先端にあった。

 白銀色の髪が、サラサラと風に踊っている。

 三年前よりも、少し大人っぽく成長を遂げた彼は、相も変わらず甘美な顔立ちを張り付けており、左目を覆う物騒な眼帯と相まって、良い意味で浮世離れした魅力を創り上げていた。

 残された真紅色の瞳は、周囲の絶景を捕えておらず、背中を人工的な石版に預けたまま、真っ青な上空に流れる雲をぼんやりと見つめている。


「……」


 人間界は、天から降り注がれる太陽の光で、色彩の発色が素晴らしく美しいと聴いていたが、思っていたよりも普通だった。ーーと言うより、余り興味が無かった。

 彼の心は、全てが灰色に見える世界。

 敬愛していた父を亡くてから変わった。

 ーーいや。もしかすると、それよりももっと前……。恐らく試練に失敗したものと、一度は人生を諦めた時からかも知れない。その時、胸に覚悟を刻み付けた。

 例え家族や世間を欺く事になろうとも、この試練を成功させる為に、今持てる力の全てを懸けるとーー……。

 

 ーー今は、誰に何を思われたとしても構わない。

 ーーどんな事でも、目的を果たす為なら多少の痛みは付いて回るものだから。

 ーー大丈夫……。きっと大丈夫だ。


 

 三年前。王位継承を掛けた試練を開始した直後ーーロージックは、空前絶後の不運に見舞われた王子となった。


 『アクシス様が、早く【運命の恋人】と幸せになれますようにーー』

   

 ーーーーそれが、

 ーーーーロージックが聴いた、

 ーーーー人間の願いだった。

 

 ーーがしかし……。

人間界に降り立ったロージックが見たものは、岸壁に肉体を打ち付け息絶えた姿の、アクシス グランドールだった。

 呆然と立ち尽くす余裕も無いまま、家族への贖罪とせめてもの弔いの意を込め、敢えて切り落としたアクシスの右腕をその場所に残し置いて、早急にアクシスの遺体を魔界へ持ち帰る。その三日後、【屍の再生魔術】を成功させ、見事アクシス グランドールを復活させたのだが、ロージックの悪運は、それだけでは終わらなかった。簡潔に言葉で表すなら『想定外』ーー。正に複雑で難解過ぎる『人の心』だーー。

 

魔族として生き返り、難病まで克服したアクシス グランドール。継ぎ接ぎだらけの肉体でリハビリ生活を乗り越えた彼ーー。聡明で賢く、容姿端麗。何の問題も無いと思われた。しかし彼は、【運命の恋人】を探に行く事はおろか、人間界へ戻ろうとさえせしなかった。それ所か名前や容姿、話し方まで変え、別人と化してしまったのである。


ーー何故だ?

ーーどうしてなんだ?!


 最早ロージックには、アクシスの思考全てが理解不能だった。


ーーお前は全てを手に入れたじゃないか。

ーー唯一持っていなかったのは、健康な身体だけだった筈だろう?

ーーそれなのに何故??


ロージックの魔術でもどうにか駆使すれば、【運命の恋人】を探し出し、アクシスの元へ連れて来る事は出来るだろう。だが……。そこでロージックは、重要な事実に気付かされた。

無理矢理にでも【運命の恋人】と引き合わせたとして、アクシスは、果たして本当に幸せなるだろうのかーーと……。

 己に与えられた試練の、根本的な定義が揺らいだ瞬間だった。例え【運命の恋人】と再会したとしても、彼自身が幸せだと感じなければ、試練は成功とは言えないのだから。

【願い事の主】が死ぬ事以外、如何なる理由があれど、試練の途中放棄は許されない。

 このままでいけば王位継承どころか、死刑は間逃れなくなってしまう。

 再び窮地に落とされたロージックは、アクシス グランドールの身となって、彼が【運命の恋人】の元ーー人間界へ帰らない理由を探る事にした。

そしてやっと見付けたのだ。

彼が、魔界に留まるであろう理由をーー。

  それは、アクシスが、ティファニー ポジットと交わした約束だった。


『当たり前だろ、ティファニー。例え命に代えても、お前を魔王の花嫁になんかさせてたまるか。ーー約束だ』


 彼はこの約束を、切実に果たそうとしていたのだ。

 彼の生い立ちや性格を詳しく調査していれば、もっと早くに気が付けていたのかも知れない。

 アクシスが【運命の恋人】と幸せになる為ーー試練を成功させる為には、まず彼がティファニーと交わした約束をきちんと果たせる事が先決だと。

そこでロージックは、綿密にある計画を立てる。

ティファニーが、願い事の後に付け加えたあの言葉。


『もしもこの願いが叶ったら、この身を悪魔に捧げても構いません』


実際には、このように付け足された願い事は、試練には何ら関係の無い戯言に過ぎなかった。この声を聴いた時、余りの阿呆らしさに腹がよじれる程笑った位だ。だがーー、これは使える。寧ろ使った方が良いと思えた。付け足されたこのクソ下らない願いを、あたかも本当のように実践し、アクシス自身にティファニーを守らせるのだ。

ロージックは、一芝居打つ大決心をする。

 勿論。自分は噛ませ犬となるが、その約束を守り切り満ち足りたアクシスが、【運命の恋人】と安心して幸せになれるものなら、恋愛ごっこはお安いものだし、その為になら自分の心や家族だって幾らでも欺くーーーー。



 ぼんやりと天空を見つめながら、

「そりゃあ、孤独も感じる訳だ……」ーーと小さく呟いて微笑した。その直後ーー、


「ーーっ?!」


 急に、彼の瞳の色が変わった。

何て事は無い。

流れてきた雲の形状が、女の裸体に良く似ていたのだ。

 試練を初めるまでの自分だったら、こんな時、兄弟たちと興奮して無邪気にはしゃいだのだろうが、今の自分は違う。少なくとも周囲にはそう見られているとゆう事を、彼は分かっていた。

 何かを振り払うように鼻で小さく笑い、口に咥えていた草の茎を、裸体に似た雲ーーの股間へと狙いを定めた。

 そして……

 それを、吹き飛ばそうと、

息を吸い込んだ刹那ーー



「いやっ! 駄目ぇぇっー!!」



 ーーッ!?!?!?


 

 艶っぽい女の声が鼓膜を揺らし、ロージックは、驚いて身体を弾ませた。

 視界に飛び込んで来たのは、大きな旅行鞄を振り回しながらこっちに向って走って来る、若い金髪の女。揺れる胸の大きさがハッキリと分かるドレスに身を包み、お嬢様風のボンネットを被っている。ーーが、その下は、正に鬼の形相だ。

 

 ーーやべっ……、こっち来た!


 反射的に、ロージックは、再び石版の影へ身を隠す。


「あっちへ行きなさいっ! もう! 離れなさいってば!」


 女の声が背後まで迫った時、一瞬ドキリとしたが、鞄を振り回す音と共に、海猫が何羽か沖に向かって羽ばたいて行った。

 

 ーー何だ。この場所から、あいつらを遠ざけたかったのか……。


 ロージックは、石版に背を付けた姿勢で、胸を撫で下ろす。

 それにしても、変な女が来てしまった。

 変と言うのは、彼女が変ーーと言う意味で無く、ロージックが苦手なタイプの女と言う意味だ。

 そこまで恋愛経験の豊富でないロージックは、鞄を振り回し、胸を強調するようなドレスを堂々と着られる女の接し方なんて何一つ心得ていない。

 眼のやり場に困って、挙動不審になっている自分の姿が、安易に想像出来た。

 

 ーーまさかっ、ティファニー ポジットじゃないよな……? 


 彼女が待ち人で無い事を祈るロージック。

 出来ればこうゆう女と関わりたくない。もう暫くここに隠れて居ようと、一層身を縮める。

 するとーー金髪の女は、今度はロージックの背中(正確には石版)に向け、神妙な面持ちで語り始めた。

 

「お久しぶりです。三年ぶりですね、アクシス様」


 その一言で彼女がティファニー ポジットだと確信したロージックは、(あっちゃぁ……)と、思わず手で顔を覆った。


「また暫くここは来られなくなりそうなので、挨拶に来ました。新しい……次の派遣先が決まったんです。驚かないで聴いて下さいね? 何と魔界なんですよ? 凄いでしょう?! 派遣事務所の副局長も、もう凄く喜んでくれて……」


ーー別に人間界と大した違い無いってゆーの……。


「でも、心配な事が二つだけあるんです」


 ロージックが隠れている事も知らず、ティファニーは、言葉を続ける。

 

「私を雇いたいと指名してくれたの、魔界の王子様らしいんですけど……。きっと、変人だと思うんです」


 ーーなっ?!!!


「【呪われた侍女】を好んで雇いたがるなんて、おかし過ぎる……。多分、マゾヒストですよ!」


「マッ?!!」


 思わず声を上げ掛けたロージックは、慌てて口を塞いだ。


「でも……私頑張ります。もしかして、何不自由なく育った我儘な人かも知れないけど、私のご主人様になる方に違いはありませんから……」


ーーそりゃあ、どーも。


「それより、もう一つの方がもっと大きくて深くて.…今にも呑み込まれてしまいそうな位、怖くて怖くて堪らないんです……」


「……?」


「また、魔界の王子様が、私の【呪い】の犠牲になるんじゃないかって……」


 ティファニーの声が弱々しく震え始める。


「私は……唯静かに暮れせればそれで良い……。他に何も入りません。お願いだからっ、もうこれ以上は……。これ以上はっ……」


その時だった。

 ロージックは、殆ど自覚のないまま、地面を蹴飛ばし、石版の上に飛び乗っていた。

 

「大丈夫だ! 心配するな、ティファニー ポジット! 魔界の王子が言ってた。君が【呪われた侍女】で無いと証明するのは、この俺だーーってな!」


「……」


 威勢良く飛び出したまでは良かったが、呆気にとられた様子でこちらを見つめていたティファニーの顔は、少しづつ怪訝な表情に変わっていく。

 ロージックが困惑し始めた矢先、ティファニーの鞄が彼の顔面に直撃したのは、言うまでもない。


 


 ロージックは、その日、初めて知った。

 人間界では、墓石と言う物が存在し、それを足場にする事は、神への冒涜と同じ事だとーーーーー。


 




まだまだ続きます☆彡

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