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呪われ侍女と恋する勇魔  作者: 双羽みつ
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世界は色があるから美しい

「貴方、あの【呪われた侍女】さんでしょう? いやね、うちも探すには探したんですよ? 貴方の新しい派遣先。でもね、無いですよ。曰く付きの侍女なんて雇いたがる御邸なんて……。うちも、これ以上会社の評判落としたくないからねぇ。うーん……本当に困るんだよね、こーゆうの」

  

 侍女の派遣事務所の副局長から返って来た最初の言葉は、やはり、ティファニーが想像していた通りのものだった。


「すみません……」


「素直に謝られても困るんだよねぇ。だって……最初の主人は、階段から転落死。二番目の主人は、馬上から転落死。三番目の主人の息子は、崖から転落死って……誰がどう見ても、『今度は何処から転落するの?』って感じじゃない?! これ!?」


 丸形の眼鏡をぎらつかせた中年男が、 ティファニーの経歴書を片手に、困り果てた様子で頭を掻き毟る。まるで、お前のような人材に用は無いーーと、あしらわれている気さえした。

 ーーだが。「ああ、やっぱりそうですよねー。分かりました」と、二つ返事で諦めてしまう訳にはいかなかった。

 今のティファニーは、住む家が無い所か現金も殆んど持ち合わせが無い。このまま新しい仕事が見付からなければ、今夜から路頭に迷ってしまう事になるのだ。

 勿論。難しい要求をしているのは十分承知の上なので、声になるかならないかの謝罪が、もう一度喉から溢れた。

 

 御世辞にも広いとは言えない雑然とした部屋に、ティファニーは、副局長と事務机を挟み向かい合って座っている。

 ここへ来るのは、かなり久しぶりだった。

 六年前、グランドール家に配属される事が決定した時に、手続きをふみに来た以来だ。当時は平社員だった副局長も、今では中間管理職となり、無駄にストレスを抱えているのだろう。元々薄かった頭の毛も、更に減退してしまっていた。

 


「しかし、貴方今まで良くこれで捕まらなかったね? 逆に【呪い】のせいって事だけで済んでるのが、奇跡なんじゃないの?」

 

「ーー……。疑われて色々と調べられた事もあります。でも、事故があった時に別の場所に居たと言う証言もありましたし、何より孤児の私には、ご主人様を殺める動機がありませんので……」

  

「ーー成程ね。だから【呪い】しか考えられない訳だ。それにしても、良くここまで続くもんだ。前世でよっぽど酷い大罪でも犯したんじゃないの?」

 

「……」


 ブツブツと聴こえて来る副局長の率直な言葉に、ティファニーは、無言のまま眉一つ動かさなかった。

 ーーと言うよりも、もうこの位の事では、心が動じなかった。

 単に少女から大人に成長したとゆう事だけでは無い。気が付かないフリをしているが、自分自身でも解っている。

 アクシス グランドールが居なくなってしまってから、あれ程、豊では溌らつとしていた己の感情が、まるで別人のように乏しくなってしまった事にーーーー。

 

 幼少の頃から、身の回りで不幸が立て続けに起こった。それだけでも耐え難い哀しみだったのに、周囲からは【呪われた侍女】と忌み嫌われた。

 それでも……。

 生まれ持った楽観的な性格も手伝い、必要以上に自分を責めたり、けして世の中を恨んだりはしなかったのにーーーー…………変わってしまった。どんなに理不尽で残酷な事が起ころうとも、この世界そのものは、鮮やかで美しいと想っていた。だが、突然色だけが消え落ちてしまったように、今は見るもの全てが灰色に見えてしまうのだ。

 

 ーーアクシス様の死によって、私は、一体何を失ってしまったんだろう……。そして、何を怖れているんだろう。彼には、もう二度と逢う事など出来ないのに……。


 

 

 アクシスの事故から、早三年が過ぎていた。

 事故後。アクシスの両親は勿論、邸の従者たちだけで無く、島全体が、彼の死を受け入れがたい深い哀しみに包まれた。ティファニーも、その内の一人ではあったが、次第に人々の感情に変化が表れ始めた。 時と共にその哀しみが癒されていくのと同時に、【呪われた侍女】ティファニーへ対する恐怖や憎悪の感情が蔓延していったのである。

 アクシスの両親も例外では無かった。彼等は、ティファニーを手放したい一心で、長期契約破棄の代償として、彼女を本土エルゼアル国の片田舎にある三年制の寄宿学校へ入学させたーーと言うよりほぼ強引に送り込んだーーのだが、昨日無事に卒業を迎えたティファニーに、勿論、帰る所など存在しなかった。

 帰る家の無い寂しさなど、とっくに慣れていたし、最優先でやらなけらばいけない事は、住み込み可能な仕事先を一刻も早く見付ける事。その為には、国の中心部にある都へ行かなければーーと、昨日、寄宿学校を出た後、ティファニーは、乗合馬車を乗り継ぎ、一晩かけてこのエルゼアル国の王都へやって来た。

 そして今朝。一つの望みを掛けて、派遣事務所の門を叩いたのである。

 

 

 暫しの間、無言でティファニーの経歴書を見つめていた副局長だったが、その中の一項目にピクリと反応を示し顔を上げた。

 

「えっ。貴方、今日誕生日なの? ポジットさん?」

 

「はい、今日で十八になります」

 

「あっ、もうー! 何とかしてあげたいけどねー。よっぽど物好きの変人か、神様位心が寛大な御主人様でないとっ……」


 如何やら。実は、とても良い人らしい。

 彼は、机の上に散乱している派遣先の詳細が掛かれたファイルの山の中の一冊を引っ張り出し、薄い頭をより一層禿散らかしながら、ファイルをパラパラと捲り始めた。

 ここまで困らせてしまうと、何だか本当に申し訳ない気持ちにもなって来る。

 罪悪感に駆られ、ティファニーが大きな溜息を一つ吐いた時だった。

 しんとした空間に、突如、事務机の上に置かれた電話が鳴り響いた。


「――あ、もしもし?」


 直ぐに、受話器に耳を付ける副局長。

 ティファニーは、黙ってその様子を見つめていたのだが――――


「ーーええ。あ、はい。ティファニー ポジットさんですか? 彼女ならここに居ますがーー」

 

 何故だか急に自分の名前が出てきたので、流石のティファニーも驚いて瞳を丸くした。


「はい、そうです。【呪われた侍女】とは、彼女の事ですが……。ーーえっ? メイドにですかっ?! 彼女を今日から雇いたいとっ??」

 

 副局長は、受話器に耳を傾けながら、幽霊でも見る様な目でティファニーを見返している。


「――はい。――はい。――その通りです。彼女は、派遣先で不運にも事故が度重なり、悪い噂が流れてしまっておりますが、当社での中でも真面目な仕事ぶりを評価してございまして、自信を持ってお勧め出来ます。――いいえ、何もご心配には及びません。――はい。勿論で御座います」

 

 先程とは正反対の言葉を電話越しに話しながら、副局長は、机の引き出しから手早く紙を一枚取り出し、その用紙の片隅にサインをすよう、ティファニーに向けジェスチャーで訴えた。


「え?? あっ、はいっ……」


 ティファニーは、促されるがままサインを施す。するとーー、


「はい! 契約完了でございます。有難う御座いまーーえっ?! 迎えですか?」

 

 突如、副局長は、受話器の口元に手を被せ、ティファニーに問い掛ける。


「先方様が、指定した場所に迎えを寄越して下さるそうですよ。何処にしますか?」


「お、お迎えですか? ――ええっとぉ……」


『急いでっ!』


 考える余裕も与えず、副局長の口元がティファニーを急かす。


「ええっと、じゃあ……」

 

 ティファニーは、咄嗟に、トレマス島の名を口に出した。

 新しい勤め先が何処になるかは分からないが、暫くこの地を離れる事になるかも知れないのだから、挨拶をしておきたい人がいたのだ。






「ーーはい。では、そちらの方で宜しくお願い致します。ただちに向わせますので、何卒宜しくお願い致します。はい、失礼致します」

 

 慎重に受話器を置く副局長。


「あ、あの。今のって?」


「おめでとう! ポジットさん! 新しい派遣先が決まりましたよ!」


「どうして、こんな急に……」

 

 驚いた事に、勤め先が決定したと言うのに、喜びよりも先に湧いて出たのは、不安と不信感だった。

 こんなにも名の知られた不吉な侍女を進んで雇いたがるなんて、余程の変わり者な筈……。

 

「まぁ座って。たった今、貴方を雇いたいとご指名があったんですよ!」


「私を指名って、どちらの貴族の方ですか? それとも一般の方?」


「驚かないで聴いて下さい」


 副局長は、こちらの方に身を乗り出すと、誰も居ない部屋を見渡し、声を潜めて言った。


「――――――――魔界です」


「まか……ええぇーーーーっっっ?!! 痛っ!!」

 

 驚愕で椅子から跳ね上がった拍子に、ティファニーは、膝を机にぶつけてしまい、悶絶する。

 それ程驚くのも無理は無かった。魔族とは、世界人口の約一割程の極希少な種族であり、その暮らしぶりは、絢爛かつ大変優雅だと言われている。

 ーーだが。思いの他、魔族についての情報が世間一般的には出回っていない。

 今まで、数多の貴族の御邸勤めをしてきたティファニーだから、少量の知識があるものの、貴族や王族との縁が皆無の一般人は、魔界や魔族の存在すら知らない者も少なく無いのだ。

 

 ティファニーが、僅かに知り得ている事と言えば、数百年程前、魔族は、人間との世界戦争に敗北してから、広大な湖に浮かぶ島に魔界と呼ばれる独自国家を設立し、人間社会とは一線を引いて静かに繁栄してきたため、非常に謎に包まれた人種だとゆう事。そして唯一、人間界で彼等と接点を持っているのは、ほんの一握りの貴族のみであり、時折舞踏会など開いて交流を保っているらしいー―と言う、本当かどうか分からない噂があるだけだった。


「驚かないでと言ったのに……。魔族の王子が、貴方を侍女に迎えたいと仰っているそうなんです」


「おっ、王子様ですって?! ごっ、ご冗談を……。人間界の人ならともかく、私、魔界の王子様から指名されるなんて全く……」


 一瞬、副局長の悪ふざけではないかと思ったのだが、彼が冗談も言えぬ堅物だった事を思い出す。



「本当なんですかっっ?!」



 副局長は、満面笑みで頷く。


「魔界の方々、まして王族の方の思考回路は、私達凡人には理解不能な事もあって当然。唯の戯れですよ。巷で噂の【呪われた侍女】に興味を持ったんでしょう」


「信じられない……。私が、魔族の王子様にお遣えするなんて……」


「まさか、うちの事務所が魔界と契約出来るとは!」


 驚きで狼狽えるティファニーとは逆に、副局長は歓喜に満ちた表情で部屋をうろつき、「こうしちゃ居られない!」――と、慌てた様子で受話器を取った。



 そこからは早かった。

 ティファニーには、真新しいドレスが支給され、内線で呼び出された女性従業員の手で、丁寧に化粧が施された。

 控えめで品の良いデザインのドレスは、サイズ的に少し窮屈な感じもしたが、人生初の御洒落をした自分の姿を鏡で見ると、久しぶりに、頬も心も薄っすらと色付いていた。

 


  

 ☆彡



「【呪われた侍女】……かーー。」


 

 トレマス島へ向う馬車の揺れに身を預けながら、ティファニーは、小さく呟いた。

 次々と流れて行く窓の外の景色を見つめながら、頭の中では、生前のアクシスから言われた言葉が甦っていた。

 


『ーー俺が証明するよ、ティファニー。お前が【呪われた侍女】なんかじゃないって、この俺が証明する。ーーーー俺は、絶対に病気に負けて死んだりなんかしないからーーーー』


 

 ーーもし。彼が今の自分の姿を見たら、一体、どんな風に思うだろう。ーーと、有もしない事を考えていた自分に気が付き、自嘲する。

 失った存在が自分の中で大きければ大きい程、心に受けた傷が深く、こんなにも長い痛みを伴ってしまう。

 

 ーーああ、そうか……。だから、自分は心を閉ざしてしまったのかーーーー。


 その時、ティファニーは、自分が変わってしまった理由をやっと理解した。

 そして。色を失った世界で、一つだけ、強く強く願った。

 

 

 ーー魔界の王子様が、例えどんなに優しい人でも、もう、絶対に心惹かれたりするものかーー。ーーとーーーーー。

 








 




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