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第一章・3 (1)

 3



 この日は珍しく、夕方には帰ることができた。

 久々に家族そろっての団欒だった。晩ご飯が終わると、愛稀は洗い物を、真綾はリビングで積み木遊びを始めた。

 凜はダイニングテーブルに残って、一連の失踪騒ぎについて考えた。行方不明者は徐々に増えてゆき学内全体で20人を超えていた。こうなると、大学側もその事実を隠しておくことができなくなる。今や失踪事件は、学内でも話題となるほどに大きな問題となりつつあった。

(学内で頻出しているということ。そして、川上くんと中原くんの心の闇。それをつなぐものは一体――)

 ぼんやりと考えてみる。現実的な可能性としてまず思い浮かんだのは、カルト宗教など組織の存在だ。凜の学生時代にも、学内の人々を勧誘していた新興宗教があったことを、ふと思い出したのだ。そのような団体が、彼らをかどわかし、どこかに連れ去ったという可能性は考えられる。

 しかしそれは、飽くまで可能性であって、現時点では事実として確証をもてるものではない。限定的に決めつけるのは早計だった。

「ねえ、凜くん、聞いてよ」

 そこへ、愛稀がキッチンから戻ってきた。水仕事を終えた手を布巾で拭き、テーブルにぽんと置く。

「どうした?」

「実は、あなたの学内で起こっているという一連の失踪事件、私も気になってね。真綾が幼稚園に行ってる間に、図書館で調べてみたの」

 愛稀は娘の方をちらりと見る。凜もそれにつられた。真綾は相変わらず積み木遊びに夢中になっていた。

「――図書館?」

 視線を愛稀に戻し、凜は訊く。

「そう。新聞とかパソコンを使ってね。その結果が――えっと、ちょっと待って。まとめたのがあるから取ってくる」

 愛稀はリビングに行き、自分の愛用のバッグから1冊の大学ノートを取り出した。凜のもとに戻り、ノートを開いて彼に差し出す。凜はそれを眺めた。そこには、氏名、年齢、職業、日付がリストとなってまとめられていた。


『黒川 孝 27才 大学生 1月6日

 吉田 幹夫 35才 建築業 1月10日

 安浦 直樹 30才 無職 2月8日

 佐藤 純一 29才 販売員 2月11日

 山田 一郎 41才 無職 2月13日

 萩原みき 18才 アイドル 3月4日

 小早川 進 19才 専門学校生 3月16日

 浅井 葉子 22才 主婦 3月22日

 竹本 勉 25才 学生 4月10日

 白川 楓 17才 高校生 4月12日

 山下 太一郎 55才 パソコン販売員 4月20日

 渡辺 洋太 28才 ネットプログラマー 4月25日

 徳永 総一郎 32才 無職 4月28日』


「――これは?」

 凜は尋ねた。これだけ見ても、何についてのリストなのかは判断できない。

「あなたの大学以外に、行方不明者がどれだけいるか、気になってね。新聞やニュースサイトを遡って、ここ数ヶ月間に出た行方不明者と記事が出た日付をまとめてみたの。そしたら調べただけでも、13人。ネガティブコントロール (調べたいデータに有意性をもたせるために、比較対象として用意したデータのこと) はないけど、それでも異様に多いと思わない?」

「そうだな。しかも、ニュースとして公表されているだけでこれだけの数ってことだろ」

 凜の言葉に愛稀は頷いてみせた。

「私もびっくりしちゃった。だって、実際はもっと多いかも知れないってことだもんね」

 愛稀の言うことには凜も納得だった。第一、学内だけでも行方不明者はそれ以上になっているのだ。

「このノート、少し借りてもいいか?」

「別にいいけど」

 愛稀はそう答えた。凜はリストを再度見返しながら思った。ここに書かれている人物に共通点があれば、川上らの所在を突きとめる大きなきっかけになるかも知れない。


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