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第一章・1 (2)

 マンションのガレージに車を停め、エンジンを切る。ブロロロ……というエンジン音が止まり、車内に静寂が訪れた。

「さ、出ようか」

 愛稀がそう言おうとして横を向くと、凜は先にじっと彼女を見つめていた。

「愛稀」

 凜が彼女の名を呼んだ。愛稀の表情が少し厳しくなる。

「凜くん、ダメ」

 子供をいさめるように彼女は言った。

「ダメって……」

「凜くんのしたいことくらい分かるよ。何年あなたの奥さんやってると思ってるの?」

「…………」

「他の住人に見られたらどうするの? 凜くんの将来にも影響しちゃうかもよ」

 観念したように、凜は車の背もたれに身体を預けた。

「かなわないな」

 愛稀の言うことはもっともだった。凜は確かに、自然と彼女の身体を欲していた。しかし、欲望のままにこの場で行為に及んでしまうことは危険だった。

 彼はこのマンションの住人からも、多少は顔が知られていた。なぜなら、全国的にも有名な国立大の准教授というポストについているからである。

 自ら口に出さなくても、噂というものは恐ろしいものだとつくづく思う。もし、車内で行為に及んでいる場面を誰かに見られ、それが明るみに出れば、研究者としてのキャリアアップの道が閉ざされてしまうかも知れない。

 凜は別段地位には興味がなかったが、せっかく出してきた研究成果まで認められないとすれば、それはとても残念なことだった。

「お仕事のことで何か悩んでるの?」

 唐突に愛稀は訊いてくる。

「――え?」

「私のことを変に求めてくる時って、大抵そういう時だもん。これ、凜くんと長年付き合ってきた私が出した凜くんの分析結果。おみそれした?」

「負けたよ」

 凜は両手を挙げて言った。

「私でよかったら話聞くよ」

「助かるよ」

 愛稀はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「どこであなたの話を聞いたらいいのかな。リビング? それともベッドの中?」


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