エピローグ・2
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徳永 啓太は浪人生活が2年目に突入したショックを、未だに抱えていた。
高校ではそれなりの新学校に通っていたが、志望校だった国立大をはじめ、すべての入学試験に落ちてしまった。浪人して1年後に再チャレンジしたものの、結果は同じだった。
志望大学のランクを下げることを、彼の両親は許さなかった。いい大学に行って、いい会社に就職して欲しいというのが、彼らの願いだからだ。それに、志望校を変更することは、啓太本人のプライドが許さなかった。
とはいえ、2度も大学受験に失敗したとなれば、モチベーションも相当に下がってしまう。今、彼はろくに勉強もせず、ずっとパソコンでインターネットを閲覧する日々を送っていた。ネットに対する規制が厳しくなった昨今でも、アニメやアダルト動画を違法にアップロードする輩は後を絶たない。1日中でも現実逃避をしていられる環境がここにはあった。
しかし、内心ではこんなことをしている場合ではないという葛藤がある。現実逃避をするにつれ、フラストレーションは溜まる一方だ。しかも、家族の重圧がのしかかってくる。そこから逃れたくて、またネットにのめり込んでしまう。まさに悪循環だった。
(ここから逃げたい――)
ここ最近、常々思うことだった。新作アニメの違法アップロード動画を貪りながら、また同じことを考えている。意識もせず、自発的に湧き上がるようになっているのだ。精神はきっとよくない方向に動いているのだろう、と自分でも思えた。
(もう嫌だ、しんどい、逃げだしたい)
彼は机の上にうずくまった。再び顔を上げると、パソコンにメイド服を着た女性が映っていた。あれ、こんな画面にいつ切り換わったんだ? と思った。それに、この女性には見覚えがあった。名前までは忘れたが、恋愛報道によって干されてしまったアイドルだ。
(今、何をしているのか、まったく知らなかったが。なるほど、ネットアイドルで細々と稼いでんのか)
啓太は画面を閉じようとしたが、どういうわけか閉じられなかった。画面を閉じようと×印のボタンをクリックしようにも、そのボタンが見当たらない。手持無沙汰にマウスをぐるぐると動かす。矢印の形をしたポインターは、まるで着陸ができない飛行機のように、うろうろと女性の周囲を回っていた。そんな時――、
『ねえ、私と一緒に来ない?』
画面の女性が話した。鼻にかかった甘ったるい声だ。
「――え?」
『とってもいい世界にあなたを招待するわ。辛いことも悲しいこともない、とってもハッピーな世界よ。ねえ、一緒に来ない?』
ふいに画面に『Y / N』という表示が出た。
「何だこれ……?」
YかN、どちらかのボタンを押せということだろう。啓太は迷った挙句、「Y」のボタンを押した。その刹那、女性の腕が画面からにゅっと伸びて、啓太の頭を掴んだ。啓太は断末魔の悲鳴を上げることなく、画面の中に引きずり込まれてゆく――。
そして、誰もいなくなった部屋で、パソコンの電源がぷつりと消えた。
余城の脅威が消えても、すべての問題が解決したわけではなかった。
現実世界を脅かす魔の手は、未だ情報の世界に潜んでいるのだ。
<了>




