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エピローグ・1


 1



 モデルハウスの下見を終えたのは、ちょうどお昼時だった。

 凜たちは新居を探し、さまざまな物件を見て回っていた。

 あんなことがあった以上、あのマンションには居づらい。第一、余城の脅威が去ったとはいえ、変わってしまった住民たちがもとに戻るわけではなかった。これは、マンションの住民たちに限った話ではなく、大学でも同じだった。川上も中原も早苗でさえ、大学に来なくなってしまった。余城によって失われてしまった心はもう還らないのだった。

 家探しは、せっかく引っ越すなら今度は一軒家にしたい、という愛稀の希望も汲んで、一戸建てを中心に行ってきた。いくつもの物件を参考にして、大方の候補は決まってきた。



 新居の件は順調に進んでいたが、うまくいかないこともあった。

「ここもいっぱいだね」

 愛稀は残念そうな声をあげた。回転寿司屋の駐車場はすでに満杯だった。入り口にも、すでに空き待ちの列ができている。

「これで3件目か……」

 ハンドルを握りながら、凜もぼやいていた。家の下見を終え、昼を外食で済ませようと足を伸ばしてはみたが、休日のこの時間ともなれば飲食店は人でごった返していて、どこにも入れそうにない。後部座席に座る真綾は、何も言わないものの、不機嫌そうに顔を膨らませていた。お腹は空いているのに、どの店にも入れない現状に飽き飽きしてきたのだろう。

「どうする。もう家に帰ろうか」

「うーん、せっかくここまで出てきたんだしなぁ――」

 家に帰るという選択肢には、愛稀は乗り気ではないらしい。可能な限り、あの住居からは距離を置きたいと思っているのだろう。

「……そうだ!」

 ふいに、愛稀が提案した。

「近くに記念公園があるじゃん。そこに行こうよ。お弁当か何か買ってさ。真綾、どうかな、この案?」

 こういったことに関しては、愛稀は凜ではなく真綾に意見を求めることが多い。夫よりも娘の方が食いつきがいいことを経験で知っているからだろう。そして、案の定真綾は、

「わーい、ピクニック!」

 と、身体を乗り出してきた。

「よーし、決定! 凜くん、思い立ったが吉日だよ。目的地を公園に変更!」

 子供のようにはしゃいでみせる愛稀。凜はやれやれ――と、車の方向指示器を出し、進路を変更した。



 初夏の日差しが降り注ぐこの日は、絶好の行楽日和だった。園内は、凜たちだけではなく、大勢の家族やカップルなどで賑わっている。

 のどかな雰囲気の中で、コンビニで買ってきた弁当やおにぎりを食べる。お昼ご飯を食べ終え、真綾はその辺で遊んでいた。凜と愛稀はベンチに座って、その様子を眺めている。

「平和だねー」

 凜にぴったりと寄り添いながら、愛稀が言った。

「そうだな」

 と、凜は応えた。

「ついこないだまでは想像できなかったくらい、穏やかな日だよね」

「ああ」

 ふいに、愛稀はこんなことを口にした。

「余城さんは、こんな心地のいい日を、もう味わうことができないんだね。何だか、可哀想な気もするね」

「それはそれで、彼の選んだ道さ」

 と、凜は返す。どのような運命を歩もうとも、それはその人が決めたことなのだ。

「でも、本当の余城さんは死んじゃったんだよね」

「――今頃、彼の魂は、別の生命として生まれ変わろうとしているのかも知れない」

 魂は余城という存在から離れ、新たな命として芽吹こうとしているところだろう。

「そうかもね。次は、いい人生を歩めるといいね」

 あ、人に生まれ変わらなかったら、人生とは言わないか――と、愛稀はひとり言のように呟いた。当然ごとく、凜は何も返さなかった。しばらく無言が続いた後、再び愛稀が口を開いた。

「そういえばさ、話変わるんだけど。言わなきゃと思ってたことがあるんだ」

「何だ?」

 凜が訊き返す。少し間を置いて、愛稀は言った。

「新しいいのちが、私の中にいるみたい」

「――え?」

「赤ちゃんができたみたいなの」

 突然の告白だった。

「……そう、か」

 そう応える凜の頭にふと、もしかして――という思いがよぎった。考えてみれば、前に妻と行為に及んだ時期と、余城が亡くなった時期はほぼ重なっているのだ。彼の魂は、新たな生命としての定着先に愛稀のお腹を選んだ、ということも考えられないことではない。

 しかし凜はすぐに、そんなことどうでもいいじゃないか――と思った。生まれ変わる前の存在など、考える必要があることではない。それよりも大切なのは、新たな生命が今まさに、芽生えているという事実だった。

 妻のお腹の中で赤子は、この世に羽ばたく未来に向かって、いのちを温めている。



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