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第四章・6


 6



 余城が選んだのは、凜と愛稀の夫婦の寝室だった。部屋に入ると、電気もつけないままにドアを閉めた。ふいに、台の上のノートパソコンがついた。真綾の身長では、背伸びをしてもよく画面が見えない。そこで、彼女はベッドの上にのぼった。改めてパソコンの方を見ると、余城はその中に移動していた。

「話ってなぁに?」

 真綾は訝しげな目で、首を傾げて言った。画面の男が話しだす。

『まず、君に聞きたいことがあるんだ。君は君のパパとママが好きだろ』

「もちろん。世界中で一番好きだよ」

『でも、時には不満に思ったり、分からなくなったりすることはないかい』

「うーん」

 そんなこと、あるだろうか――と真綾は考えてみて、「あっ」と声をあげた。あるじゃないか。先日、このベッドの上で繰り広げられていたことだ。

『何かあったのかい? 話してくれないか』

「こないだ、パパとママがこのベッドで何かしていたの。何をしていたんだろうと思って、次の日にパパに聞いたら、パパは『それはパパとママの秘密だ』って言って、教えてくれなかった」

『その時、君はどう思った』

「その時は『ああ、そうなんだ』ってくらいだった。でも後で、とても寂しくなった」

『それはなぜだい?』

「パパとママの間には私の知らない何かがあるんだ――って思ったの」

『大好きなパパとママとの間に入れないと思うことが寂しかったんだね』

「うん」

 真綾はこくり、と頷いた。

『なるほどね――。でもね、そういうことは、君がこの世界で生きてゆく限り、何度も経験することなんだよ』

「そうなの?」

『そうさ。この世に生きる限り、人と人とが分かり合えることはない。なぜなら、人はそれぞれ別々の存在だから。そんな人間がゆるーいつながりで作っているのが、君たちのいる世界だ。曖昧で不完全な社会だ。その中でみんな、互いを疑いながら、騙し合ったり欺いたりして生きているのさ』

「でも、私のパパとママはとっても仲良しだよ?」

『そう見えているだけさ。心の中までは読めない。そのうち、喧嘩になって、別れてしまうことだってあるかも知れない』

「そんなぁ――」

 真綾は悲しげな声をあげた。ずっと仲睦まじいと思っていた父母の関係が壊れるなんて、真綾には考えたくなかった。

『時の流れというのはとても残酷なものだ。今が幸せであっても、それは長くは続かない。すぐ先に待っているのは不確定な未来だ。――ひとつ訊こう。君は将来の夢はあるかい?』

「うん。私はパパのような研究者になりたい」

『でも、それが必ず叶うという保証はあるかな?』

「…………」

 真綾は何も答えられなかった。大人になった時のことなど分かるはずはない。

『ほらね。いくらなりたいと願っていても、夢は叶うとは限らない。むしろ、夢を叶えられない人の方が多いんじゃないかな。望みが叶わないままに、人は生き、ただ年を取ってゆく。想像してごらん。いつか、君のパパとママもこの世からいなくなって、君自身も老いてしまった未来を――』

「寂しいし、悲しいね……」

 真綾はぽつりと言った。そんなこと考えたくもないと思った。

『でもね、私の世界では、そんな心配はいらないんだよ』

「おじさんの世界――?」

『うん。こっちの世界ではね、どんなことでも分かるんだ。遠い場所の情報も、人が何を考えているかだってね。なぜなら、すべてが網の目のようにひとつにつながっているからだ。どんな情報だって手に入るし、自分の環境が壊れることもない、安定した世界だ』

「便利な世界なんだね」

『――だから、君もこっちに来ないか?』

「えっ?」

 真綾は素っ頓狂な声をあげた。

『こっちの世界にいれば、どんな心配もいらなくなるんだ』

「でも――、パパやママと離れ離れになっちゃうよ」

『心配はいらない。ふたりもこっちに連れてきてあげよう』

「本当?」

「ああ、約束する。そうしたら、君は今まで通り、3人で暮らせるだろう?」

「うーん……」

 真綾はよく分からなくなった。今まで、この余城という男は、父や母に危害を加える悪い奴と思っていた。けれど、彼の話を聞いていたら、ひょっとしたらそうではないかも知れない――という気もしてきた。彼のいる世界がそんなによく、なおかつ父母と変わることなく過ごせるのだとしたら、こんないいことはないとも思えた。

 あっちの世界に行くか行かないか、どっちがいいんだろう――真綾の心は迷っていた。


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