第四章・4
4
『君は、インテリジェンスという言葉について何を思い浮かべる』
唐突に余城は訊いた。
「インテリジェンス――?」
聞かない言葉ではない。むしろ「インテリ」という和製英語もあるくらい、それなりに浸透した英単語ではある。日本語に訳せば、知能や知性、理解力、思考力――さらに、“情報知識”という意味合いもある。
『この言葉こそ、我々人類にふさわしいと思わないか』
余城はさらに凜に問いかけた。
「君のいる世界こそ、人類が向かうべき場所だ――そう言いたいのか」
凜はそう返した。インテリジェンスの意味合いが情報知識であるとすれば、それは余城が存在するネットの世界そのものだ。
『人類はそろそろ新たな進化を遂げるべきだ』
余城は笑みを崩さぬままに言った。
『私は幼い頃から、自分の生まれながらの能力に気がついていた。それは、コンピューターなどの電子機器の中に入り込み、手で操作せずとも意のままに操れる力だ。私には機械の心が手に取るように分かるのだ。
ところが、人間の心はまったく理解ができない。その理由は後になって、彼らが不完全な存在で、まったく知性に欠けるからだと分かった。奴らの私に対する見方にしてもそうだった。私の能力の性質を理解しようともせず、ただ気味悪がって、私そのものまで否定した。私自身が才能そのものなのではなく、才能が私の一部だということも、奴らは分かっていなかった。しかも、どうしようもないことに、奴らはそんな自分たちの思考の矛盾を疑いもしないのだ。今の人間どもは完全に終わっている』
「君は、自分を否定した連中に、復讐がしたいんだな」
凜は言った。しかし余城は、そうではない――とそれを否定した。
『私は君たちのいる世界をすでに見限っている。だから、自らの力で、自らの意識をこちらの世界に移植したのだ』
「どうだか。ならばどうして、憎しみを湖に放出したんだ。その悪意を使って、多くの人間を巻き込むんだ」
『それが彼らの望んでいたことだからだ』
余城はすぐに答えた。
『湖に悪意を放出したことに関しては、残念だが、私も元々君らと同じだったということを認めなくてはならないだろう。だが、私はあの時点で、すでに人の世を見限っていた。悪意の放出は私がこの情報世界に入り込むために必要なことだったのだ。
それにだ――よく考えてみて欲しい。いくら悪意が入ってきたところで、その人が感知しなければ何の効果も及ぼさないだろう。君らのテリトリーの話で例えるなら、物質が生体に作用しようにも、結合できるレセプターがなくては、細胞は何も影響されないのと同じことだ』
余城は例えに細胞応答の話を持ち出してきた。さらに続ける。
『つまり、彼らは自分の人生に疑問を感じていたのだ。世知辛い世の中を苦労して生き、やがては老いて朽ち果ててゆく。人間とは儚い存在だ。もし今の人生に満足していたとしても、この先どうなるかは分からないという恐怖と常に闘わなくてはならない。みな、そんな自分の人生を嘆いているのさ』
「だから、そちらの世界の住人になったと言いたいのか。川上くんや新川さんも――」
『その通りだ。彼らは自分たちの思い通りにいかない現実に嘆いていた。だからこそ、くだらない世の中を捨て、私の仲間に――素晴らしいインテリジェンスの世界の一部になったのだ。しかし、私は思うのだ。彼らなどより、君こそこちらの世界に来るに相応しい人間だ、と。どうだ、私の仲間にならないか』
「仲間? 違うな。君は自分の世界に他人を置きたいだけだ。支配者になりたいだけなんだ」
君は根本的に、他人を許容していない――と凜は鋭く言い放った。
『だとしたら、どうだというんだ』
余城も少し尖った口調になる。
『君は何も分かっていないな。他人を認めてどうなる。信じたところで、裏切られるのがオチだ。そんな世界では、何も期待できるわけがない』
余城の見解に、凜はすぐに反論した。
「普通はそれが現実だと受け入れるんだ。自分をこの世界の一部と認めながら、人との関わり方や自分の生き方を模索するんだ。君はそれ以前に、この世界を、この世界にいる他人を拒絶した。だが、それは自分自身の存在をも否定してしまうことに他ならない。――何も分かっていないのは君の方だ」
『――実に残念だ』
余城は失望したように呟いた。
『君はいい素質をもっているにもかかわらず、この世界に毒されている。君自身の才能が埋もれてゆくことに疑問も感じていない』
ここで、余城は再び邪悪な笑みを浮かべた。
『――しかしだ、君の家族を巻き込んだとしたらどうかな?』
「――なに?」
『君の家族を引きこんだとしたら――君もこちら側に来るほかなくなるだろう』
「冗談だろ」
余城はくっくっく――と笑い声を漏らした。凜が戸惑っているのを面白がっているようだ。
『冗談などではない。これは合理的な判断だ。感情に支配される君たちは、大事な人を失うことには耐えられない。結果、君は流されるしかなくなる』
「よせ!」
凜は余城へと詰め寄ろうとした。しかし――、
「くつ……!?」
急に身体が動かなくなった。まるで手足を針金でくくりつけられているような感覚を覚えた。自らの力を全身に充満させ、余城の妖力を振り払った時、彼の姿はディスプレイのライトとともにぶつりと消えた。代わりに、部屋の明かりが戻る。結界が解かれたらしい。
だが、当然、ひと安心というわけにはいかなかった。
(大変だ。一刻も早く自宅に帰らなくては……!)
余城の脅威が、まさに愛する家族に迫ろうとしていた。何としても食い止めなくてはならない。凜の心は焦りで揺れていた。




