第三章・5 (1)
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「なんだか、こわいよ」
その夜、凜の話を聞いた愛稀は、不安そうな顔を隠しきれなかった。
「上島さんの話といい、凜くんの話といい――どんどんよくないことが明らかになっていくみたい。ねえ、余城さんは、行方不明になった人たちと結託して、一体何をするつもりなのかな」
愛稀はそう言って、ダイニングテーブルへと目を落とした。テーブルの上には、カップの中で食後に淹れたミルクティが揺れている。
「それはまだ分からない」
凜が答えた。愛稀は不安げな顔を変えることがない。
「私思うんだけど、今この界隈に、まともな人は一体どれだけいるのかな」
「まともな人?」
「お隣さんをみてても、絶対におかしいもん。以前の佐原さんとは違ってしまっているのは間違いないよ。知らないうちに周囲の人々がどんどん変わってゆく――もう誰が別人になっていても不思議じゃない。私たちだって、いつ私たちじゃなくなるのか、分からないよ」
「…………」
「私こわい。もしこの先、私が私じゃなくなったとしても――凜くんや真綾と変わらぬ関係を築いていけるのかな。それとも、私の今の想いはなくなっちゃうのかな?」
「少し落ち着こう」
凜はなだめるように言ったが、愛稀の興奮は治まらなかった。いてもたってもいられなくなったように椅子から立ち上がり、凜のもとへと歩み寄りながら言った。
「そんなことを考えると、とても不安になるの。ねえ、私の愛が消えちゃったらどうしよう……!」
愛稀の激高は増すばかりだった。彼女は凜の両肩を掴み、彼にすがった。
「私たち、ずっとこのままでいられるのかな! 互いに愛し合っていられるのかな――!」
「落ち着け!」
凜は愛稀を思いきり抱きしめた。
「…………!」
愛稀は息を飲み、静かになった。代わりに彼女の全身が小刻みに震えている。
「安心しろ。僕は、君や真綾を離しはしない」
凜は腕に力をこめ、愛稀を一層強く抱いた。彼女も凜の背中へと腕を回してくる。
「愛してるよ――」
彼女は凜の耳元で、搾りだすような声で言った。
「僕もだ」
彼も彼女の耳元で囁いた。
その後、彼女の寝室での行為はいつになく濃厚だった。
何度もディープキスを交わし、彼の身体に唇を這わせ、彼の愛撫に身体をくねらし、激しく腰を動かし喘いだ。
「真綾が起きるよ」
と、凜は別の部屋で眠っている娘のことを気にしたが、愛稀は少し紅潮した顔に恍惚とした表情を浮かべながら、湿った声で返した。
「いいじゃない。むしろあの子にも見せてあげましょう。私たちがこんなに愛し合っているから自分が生まれてきたんだって、教えてあげようよ」
もちろん本気じゃないだろう――とは思ったが、愛稀は次第に激しさを増してゆくようだった。凜も次第に、彼女の妖艶さに誘われ、情事へと身を委ねてゆく。
彼女とは何度も身体を重ねてきたが、彼女の方からここまで執拗に求めてきたのは初めてだった。それはまるで、彼女が彼女としてここに存在しているという事実を、彼女自身が確かめようとしているようだった。




