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第三章・3 (2)


 上島は夜遅くまで研究室に残り、セミナー用のレジュメの作成に取りかかっていた。

 上島にとって、こういう仕事が一番苦痛なのだった。ただでさえ最近ストレスがかかることが多いのに、嫌な作業を強いられるとなると気が滅入ってしまう。

 時計を見ると、そろそろ午後11時になろうとしていた。

(残りは明日やろう)

 上島は作りかけのレジュメのデータを上書き保存し、パソコンをシャットダウンした。帰る前にトイレにでも行こうと席を立つ。教授室を出ると、すでに廊下の明かりが消えていた。ふと研究室の方を見ると、扉の窓から明かりが漏れていた。

(まだ残っている学生がいるのか)

 上島は思ったが、すぐにおかしいなと感じた。漏れている明かりが仄かで弱々しい。少なくとも、蛍光灯はついていなかった。学生が何か作業をしているのならば、UVランプを使うときなど部屋を暗くしなければならない場合を除いて、蛍光灯くらいつけておくものだろう。

 上島は、とにかく気になったので、扉を開け室内を覗きこんでみた。案の定、実験机で並んで座っている男女の姿があった。確か、あの付近は早苗の席だったはずだ。案の定、後ろ姿から女性の方が早苗だということはすぐに分かった。隣にいるのはどうやら川上のようだ。ふたりしてパソコンを見ているらしい。窓から覗く明かりは、ディスプレイの光だったのだ。

 川上と早苗は寄りそうようにして、ひそひそと何か話していた。

(こんなところでイチャイチャしやがって。しかもこんな夜中に)

 上島は腹が立った。嫌いな仕事を抱え、気が立っていたところだ。つい声を荒げたくなるのを抑え、彼らの元へと歩こうとした。その時――上島は見た。

 川上と早苗が、すうっ、と縦に伸びたと思ったら、その姿がパソコンの中へと吸い込まれていったのだ。

(な、に……!?)

 上島は驚いて目をしばたかせた。しかし、確かにさっきまでいたはずの人間の姿が消えている。パソコンのディスプレイを覗くと、中に川上と早苗の姿が映っていた。と思ったら、パソコンの画面がブツッと消えた。

 その時、方々から鈍い機械音が聞こえた。室内の他のパソコンをはじめ、遠心分離機やインキュベーターといった電化製品がいっせいにひとりでに立ち上がったのだ。

(そんな、バカな……?)

 上島は怖くなった。その場から立ち去ろうと、1歩後ずさる。

「あれ、先生」

 ふと耳元で声がした。驚いて振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに中原 仁が立っていた。

「一体どうしたんですか?」

 彼は暗がりの中でニンマリとした笑みを浮かべた。上島は言いようのない恐怖を覚えた。中原の顔をじっと見つめたまま移動し、扉を開けて外に出た。焦って飛び出たため、扉に足が当たってガタンという大きな音がし、彼はその場に倒れ込んだ。急いで起き上がり、廊下の突き当たりにある階段を駆け下りていった。



 上島は研究室で起こったことをひととおり話した後、「この件はお前に任せたぞ」と言い残して帰っていった。どこまでも、自分は無関係だという姿勢を崩さないのだ。

「これで凜くんとこの学生が、普通じゃないことははっきりしたね」

 上島を玄関まで見送った後、愛稀がぽつりと言った。

「川上くんだけじゃない。中原くんも――」

 そして、新川さんもだ――と、凜は呟く。川上と中原は失踪者という共通点があったが、早苗に関してはそうではなかったはずだ。しかし、凜が知らない間に、相応の何かがあったに違いない。もしかしたら、この間の週末、早苗を置いてN市に旅立ったのは間違いだったかも知れないと、凜は思った。


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