第三章・2 (2)
「おい」
後ろから呼び止められ振り返ると、上島 孝平が立っていた。早苗や先日帰ってきた中原が所属する研究室の教授である。
「鳥須、お前に訊きたいことがある。うちの研究室の学生の件だ」
上島は凜を睨みながら言う。
「……部屋の中でお話ししましょうか」
凜は准教授室の扉を開け、上島を促した。
「そうだな、ちゃんと話をしたいからな」
上島は丸縁のメガネを人差し指でくいと上げながら言った。
部屋に入るや否や、彼はドアを勢いよく閉めた。
「お前、うちの新川に何をしたんだ?」
と唐突に尋ねる。
「――は?」
「とぼけんな。新川とつるんでたことは、ちゃんと知ってるんだぞ」
「それは、川上くんの失踪の件で」
「理由はどうでもいい。最近の彼女の様子がおかしいことが問題なんだ」
「様子?」
「身なりはだらしない、遅刻はする、実験はサボる……以前のような真面目さなんか見る影もない。お前と関わるようになってからだ」
「そんなことは――」
早苗の雰囲気が変わったことは凜も気がかりだったが、少なくとも自分との間に相関関係はないと思った。しかし上島は、
「あるんだよ」
と、凜の言葉をすぐさま否定した。そして、まじまじと観ながら続けた。
「いい加減、気づけ。お前は疫病神なんだよ。お前と関わった奴はみんなおかしくなっていくんだ。今回だって、優秀な学生がふたりもダメになってるんだぞ。金輪際、俺んとこの学生と関わるな、分かったな」
それだけ言うと、上島は部屋を出ていこうとした。ドアを開けたところで、凜が彼の背中に声をかけた。
「優秀な学生というのは、新川さんとうちの川上くんのことですよね?」
上島は横目で凜を見た。
「だからどうした」
「――中原くんの様子は?」
「なぜそんなことを訊く」
「彼も失踪者のひとりでした」
「……答える義務などない。それにたった今、関わるなと言ったはずだ」
上島は舌打ちをして部屋を出ていった。凜は椅子に座り、腕を組んで考えた。
(上島さんも異変に気づいているんだ)
うわべは気丈に振舞っていても、彼の目の奥には脅えが見え隠れしていた。実際に、上島は臆病な性格だった。早苗の目に見える変化などではなく、もっと得体の知れない何かを感じ取っているのだろう。だから、凜にこれ以上問題に足を踏み入れてくれるなと釘を刺したのだ。
しかし、目を逸らし続けていては、事態は好転しない。それどころか、気づかぬうちにもっと悪い結果を招くことだってある。状況からみて、余城の魔の手は確実に迫っている。彼が何を思い、何をしようとしているのか――突きとめ、阻止しなくては、被害は広がる一方だろう。




