第二章・3 (1)
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バックミラーでちらちらと後ろを見ていたら、真綾の様子が少しおかしい。顔は青ざめ、ゆらゆらと身体を前後に動かしている。愛稀が心配そうに、真綾の様子を見守っていた。
「真綾、大丈夫か?」
凜は尋ねたが、真綾は苦しそうな呼吸を繰り返すばかりで、喋れそうにもない様子だ。代わりに愛稀が言った。
「ちょっと気分が悪いみたい。どこかに停めてくれないかな」
「分かった。ちょっと待ってくれ」
凜は停められそうな場所はないかと探すと、前方にガードレールと車道外側線との隙間が広がっている区画があった。凜はそこに車を停めることにした。
「頑張ったね、ずっと我慢してたんだもんね」
愛稀は真綾の肩を叩いて、彼女を励ましていた。
車を停めると、真綾は愛稀と一緒に車を出て、道路の端っこにうずくまってえずいた。愛稀はそんな真綾の背中をさすっている。
凜は辺りを見回した。木々の枝葉は奔放に伸び、浜にはところどころゴミや折れた木の枝が落ちている。さほど整備はされていないようだ。人通りの少ないところなのでそれも頷ける。
凜は車道からつながる坂を下って、浜へと降りてみた。湖の水は、風に煽られてせわしなく揺れていた。どことなく落ち着かない気分だ。
「凜くん、何してるの」
背中で愛稀の声がした。振り返ってよくよく見ると、愛稀も顔色が悪い。真綾の顔は以前青白いままだ。
「早く行こうよ。ここ、何だか気持ちが悪い」
「気持ちが悪いって?」
こくり、と愛稀は頷く。
「実は私も、さっきからずっと気分がおかしいな、とは感じてたんだけど、ここに来ていっそう気分が悪くなった。この場所、何だかおかしい。得体の知れない禍々しさを感じる」
愛稀は不安さを顔全体で表現していたし、真綾はすでに泣きそうになっている。このふたりのもつ第6感は、凜よりも遥かに強かった。凜は思う。一体、彼女たちは何を感じ取っているのだろう――。
(もしかして、ここが余城が自殺しようとした場所なのか?)
ふいに、凜はそう思った。先ほどの一馬の言葉からしても、彼が入水自殺を図った場所がここであると考えてもおかしくはない。もう一度、湖を眺めてみる。その時、凜の脳裏にある光景が浮かんだ。それは、浜から一歩一歩、湖の中へと入ってゆく男の姿だった。一体、余城はその時、どんな気持ちだったのだろう。死ぬために自ら歩を進める男の心理が、凜には理解できなかった。得体の知れない感慨があった。
「ねえ、凜くんってば」
愛稀が再び凜の名を呼んだ。
「分かった、すぐ車に戻ろう」
凜は少し早口で言った。ここにいると、自分の感覚までおかしくなってしまいそうだった。