第二章・2 (3)
余城 峡一の両親である一馬と和子が、この家に住むようになったのは3年前――犯罪者としてこの街に舞い戻ってきた余城が、入水自殺を図り、精神病院に入った直後だったという。
「下手に帰ってくるより、どこか遠くの街で、人知れず逮捕されていた方がましだった」
一馬は言った。
「息子さんの帰郷が嬉しくなかった……?」
凜が訊くと、一馬ははっきりと頷いた。
「息子さんはどんな人だったんですか」
「悪魔のような子だよ」
と、今度は和子が言った。
「悪魔?」
「あれは人じゃない。悪魔だ。人間の感情なんか持ち合わせちゃいない。他人を傷つけ、心を踏みにじっても何とも思わないような子だった。親である私たちも、あの子には危機感を感じていたよ」
次に、一馬が言う。
「峡一は、自分しか見ていないような子だった。他人のことを理解したり、共感したりという心がない。むしろ、他人は自分を阻害する者か、利用するだけの対象と思っていたようだ。実は、峡一が帰ってきた時、わしらが真っ先に警察に通報したんだ。その時のあいつの顔と言葉ははっきり覚えている。あいつはニヤリと笑ってこう言ったんだ。『あんたたちもやっぱり俺の敵だったんだな』ってな」
一馬が喋り終えてから、空間に静寂が訪れた。しばらくして、一馬が再び話を始めた。
「――あいつに関わると、みんな不幸になった。わしらだってそうだ。挙句の果てには自分まで不幸にしてしまった」
一馬の表情には、落胆の色が見えていた。
「ありがとうございました」
と言って、凜は立ち上がった。愛稀と真綾を連れ、家をお暇することにする。
「ちょっとあんた――」
家を出ようとした凜たちを、一馬が呼び止めた。
「ここからさらに進むとね、あいつが自殺未遂を起こした場所がある。興味があれば、見ていったらどうだい」
「自分の息子をあんなふうに言うなんてな……」
車に戻ると、凜は嘆かわしい想いを口にした。
「悪魔の子」「あいつに関わるとみんな不幸になった」。先ほどの一馬と和子の言葉が耳をついて離れない。本来なら、周囲の誰もが非難しようとも、息子にもいいところがあったと信じようとするのが、親というものだろう。
「よっぽどのことがあったんだろうね」
後部座席から、愛稀が言った。
「かけがえのない子供――とくに母親からしたら、自分のお腹を痛めて生んだ子供でしょ。それをあそこまで思うのは、その気持ちを打ち消すくらい、たくさんのつらい経験をしたんだと思うよ」
「そうだな――」
凜はそう応えながらも、気持ちを切り替えることにした。やるせない気持ちを抱えていても仕方がない。彼は車のエンジンをかけ、次の目的地へと車を走らせた。