第二章・2 (2)
岩井はこの地域の詳細図をコピーし、余城の両親が住んでいるという家の付近をマーカーで示してくれた。
それに従って、しばらく車を走らせると、実際に古びた家に着いた。
インターホンを押すと、玄関の戸が少し開いて、隙間からやつれた老人がぬっと顔を出した。おそらく、この人が余城 峡一の父親だろう。
「あんたかい、岩井の坊やが言ってた、峡一について知りたいっていう奴は」
老人は凜に対してそう訊いてきた。「そうです」と答えると、老人は軽くため息をついて言った。
「頼むから、帰ってくれないか。これ以上俺たちの傷をえぐらないでくれ」
老人はそう言い残すと、さっさと戸を閉めようとした。凜は咄嗟に手を出して、それを制止する。
「ちょっと待ってください」
「しつこい人だな、あんたも」
「僕たちもお話を聞くまでは帰れません」
老人は今度は戸を全開にした。家の中は玄関口以外は廊下も部屋の区分けもなく、がらんとした部屋がひとつ広がっていた。中にはろくに物も置いていない。峡一の母親と思しき老婆がひとり、警戒心剥き出しの目をこちらに向けていた。
「この通りだ。峡一のおかげで俺たちは世間に顔向けもできず、こんな生活を強いられている。これで満足か?」
老人は再び玄関を閉めようと、戸に力を加えかけた。その時――、
「ちょっと待ってください」
ふいに、凜の背後から、愛稀が口を出した。
「もしかして、おばあさん、脚を痛めているの?」
愛稀はそういうや否や、老人の許可も得ずに家の中へと入っていった。凜も老人も、それには唖然となった。愛稀は構わず靴を脱ぎ、部屋へと入ってゆく。
「な、何だい――あんた」
「おばあさん、ちょっといいかな」
愛稀は老婆の脚を揉み始めた。こわばった老婆の表情が次第に和らいでいった。
「あんた、私が脚を痛めているって、よく分かったね」
老婆が言った。愛稀は太ももから脛にかけて、脚を丁寧に揉みながら言う。
「脚を押さえてたものだから」
「たったそれだけで、分かるもんなのかい」
初対面でありながら、自分の思っていることを察知した彼女に、老婆は純粋に驚いたようだった。
「私、前に福祉関係の仕事をしていたんです。言葉が話せなかったり、コミュニケーションが苦手な人と接する機会も多くて、そのような人たちの気持ちをずっと考えてきたので――もしかしたら、その経験が活きているのかも」
愛稀はそう答えながらも、その手を休めることはない。
「……仕方ない。あんたらも入れ」
老人は未だ外にいる凜と真綾を促した。