Case. 2
そこそこ知名度はあるはずなのに――。
萩原みきは、自身の現状に途方に暮れていた。
アイドルを志してはや2年。夢を信じて頑張ってはきたし、最初のうちはそこそこ勢いもあった。組んでいたアイドルユニットも業界からは有望株だと言われ、全国区で有名になれる日を夢見ていたものだった。
だが、たった一度の恋愛報道が、すべてを台無しにしてしまった――。
事務所からは三下り半をつきつけられ、ユニットからも脱退させられた。もちろん仕事は激減。どこかに拾ってくれるところはないかと探してみたが、そんなに甘いものでもない。
今はネットアイドルや、勤め先のメイドカフェが主催するライブに出演したりなど、ごくごく一部のファン層に向けろくに金にならないような活動をする日々。
ただ、それなりに容姿には恵まれていたため、男に困ることはなかった。しかし、彼氏からの「地に足をつけたらどうだ」という言葉が、毎度別れの合図だった。周囲からちやほやされたいという願望は捨てられない。それに、今から方向転換して、就職活動を行うのは面倒だった。
「あなたが貢いでくれればいいじゃない」
言葉に出さないにしろ、彼女は心の奥底ではそう思っていたのだ。
アイドルの活動もぱっとせず、とっかえひきかえしてきた男との関係にも疲れてきた。
(こんなはずじゃないのに……)
そう思ってみても、現実が重くのしかかっていた。
「やってらんないわよ」
自主的に行っているストリーミング配信を終えてから、彼女はそう毒づいた。
「私がこんななのは、あんたたちのせい。私のファンがあんたたちみたいなくだらない連中ばっかりのせい――」
カメラの向こうの大勢のネットユーザーに笑顔を振りまいてはいるが、彼女は内心で彼らを見下していた。
「私はもっと大きなところへ羽ばたける人間なんだから……!! それが理解できない世の中の人間、みんなクズよ!」
急に、ブツッとパソコンが立ち上がった。おかしいな――と思った。配信を終えた後、電源を切っていたのに、自発的に起動する理由が分からない。
パソコンは起動中の動作もデスクトップの表示もすっ飛ばし、いきなりある画面に切り替わった。
そこに映っているのは、ニヤついた男の顔だった。どきりとする。気味の悪さに、画面を切り替えようと思ったができない。パソコンの電源スイッチを何度も押したが、スリープ状態にもならず強制終了もできなかった。
男の顔を見つめているうち、彼女は自身の心をぐっと男に掴まれるような心地がした。内面をぐっと引っ張られる。一瞬、恐怖を覚えた。自分自身が他者に奪われるような感覚を覚えたのだ。しかし、すぐにそれは快感へと変わった。身体という自分の壁を飛び越えて、どこまでも広大な情報の世界へと足を踏み入れてゆく――。
それから、『アイドル・萩原みき失踪』というゴシップ記事が掲載されるまで、さほど時間はかからなかった。