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第一章・6

 6



 家に帰るや否や、自室のベッドに早苗は倒れこんだ。

(やっちゃった――)

 先ほどのことは悔やんでも悔やみきれない。つい、あんなことを言ってしまった。とはいえ、それは凜が言うように気持ちが混乱していたからではなかった――。

 早苗は、正直なところ、保のことはすでに諦めていたのだ。以前は彼を素敵な人だと思っていたが、最近の彼には愛想が尽きかけていた。

 早すぎる成功は彼を増長させ他人を見下す心を生み、挫折は彼を腐らせてしまった。もし仮に、彼が戻ってきたとしても、彼女は彼と今まで通り付き合っていける自信はなかった。

 一方で、実は彼女は、保と付き合う以前から、密かに凜に憧れを抱いていた。寡黙で飾らず、クールに見えて心に熱いものをもっている。

 以前は想いはほのかなものであったが、彼と密に関わるようになって、それは彼女の中で確かなものへと変わっていた。

 凜の明日からの調査にも一緒に行きたかった。それが無理だと言われると、今度は自分の身体を使ってでも彼の気を引こうとした。

 しかし、やはり彼の家族には敵わなかった。凜の奥さんはひとめで分かるくらい魅力のある人だし、子供もあのふたりの間に生まれた子ならとても可愛いだろう。勝ち目などあるわけはなかった。

 けれども、今の自分の胸の中で高ぶる欲求を抑えることができない。

 早苗は枕に顔をうずめ、思いの丈を声に出した。

「鳥須先生、大好き――」

「――誰が好きだって?」

 ふいに背後から声がした。どきりとして振り返り、彼女は再度、驚くことになった。そこに立っていたのは、なんと川上 保だった。

「タモくん、どうしてここに……?」

 早苗は上体をがばりと起こした。彼がなぜ自分の部屋にいるのか理解ができない。

「おいおい、久々に会えたんだぜ。もっと喜べよ」

 川上はにやりと笑った。蛍光灯の逆光で、とても不気味な表情に映る。早苗は喜ぶどころか、言い知れぬ恐怖感を覚えた。何か禍々しいものが、彼の身体から滲みでているようだ。

「それよか、さっきお前が言ったこと、本当か? 本気でアイツのこと、好きなのか? なんでだよ、俺という男がいながら、何であんな奴のこと好きになんだよ。俺のこと、裏切んのか……」

 川上がこちらに近づいてくる。目がかすんでいるためか、その姿がゆらゆらと揺れた。逃げ出したかったが、足がすくんで動けない。

「お前にみたいな不埒な女には、罰を与えないとな」

「いや、やめて……」

 早苗は訴えたが、川上は彼女の顔を両手で押さえ、おもむろに唇に唇を押し当ててきた。彼女の口の中に舌を入れてくる。なまめかしい感触が気持ち悪い。幾度となく彼とキスをしてきたが、ここまで不快に思ったことは初めてだった。

 直後、彼の舌の動きに押し上げられるように、早苗の意識はぐるりと反転した。


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