表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/47

第一章・5

 5



 家に帰ると、愛稀が部屋の明かりもろくにつけず、ダイニングテーブルにぽつりと座っていた。

「おかえり。凜くん、早かったね」

 愛稀は横目で凜を見ながら、抑揚のない声で言った。唇をへの字に曲げている。

「早かったって――」

 凜は時計を見た。早苗を駅まで送ったこともあり、只今の時刻は22時を超えていた。

「あんな若くて可愛い子といたんだもん。もっと遅くなると思った」

「……何か勘違いしてないか?」

 彼女がご機嫌斜めだということはよくうかがえる。しかし、そこには大きな誤解があるようだ。

「前にも話したろう。新川さんは、失踪した僕の研究室の学生である川上くんの友人だ。もっとはっきり言えば、彼と恋人関係にある人だ」

「だからって、あなたと関係が築けないわけじゃない。だいたい、あの子の彼氏って、今どこにいるのか分からないんでしょ」

「彼女とは、事件の解明のために話し合ってきただけだ」

 凜は言った。第一、凜がこの件に取り組む一番の理由は、家族を守りたいからだった。けれども、愛稀はすぐさま、

「どうだか」

 と疑いの目を向けてくる。

「根拠はどこにある」

「ないよ。でもあの子、何だか様子がおかしい。最初に会った時から思ってたの」

「いい加減にしろよ――」

 と、凜は言いながら、ふと帰り際のことを思い出した。自分にはまったくその気はなく、早苗も気持ちの整理がつけられずにあんなことを言ったのだろう。けれども、事実だけみれば、そうなりかけたのは確かだった。

「ほら、やっぱり思い当たるふしがあるんじゃない」

 愛稀はそんな凜の心の隙を見逃さなかった。

「……信じてくれ。本当に何もないんだ」

「信じたいよ。でも、すべて信じられるほど、私も強い人間じゃないんだよ。不安にだってなる。このまま真綾を守っていけるのか、あなたとの幸せな日々がいつまで続くのか――」

「…………」

「分かるよ。凜くんが、多くの人を助けたいと思う気持ち。そんな凜くんだから、私も信じたい。でも、もうちょっと、家族にも目を向けてよ。私たちを安心させてよ」

「すまなかった。僕は君たちを守りたくて、一連の事件について考えてきた。けれど、そこに固執するあまり、肝心なことがすっかり抜け落ちていたようだ」

 凜は素直に自分の非を認めた。はじめは、愛稀が怒っているのは一方的な彼女の勘違いだと思っていたが、よくよく考えてみるともっともな話だった。

「本質を見失うな」と早苗にアドバイスしておきながら、自分もそれがまったくできていなかったことに今さら気づいた。

「もっと私と真綾のそばにいて。どんな不安も、あなたとならきっと乗り越えられる」

 愛稀が凜に身体を寄せてくる。凜は彼女の身体を抱きしめた。彼女の頭に鼻先を近づけると、洗いたての髪から、シャンプーの香りがした。

「分かった。もうどこにもいかない」

「口先だけじゃ嫌だよ。形で示して」

 愛稀は凜の胸元に顔をうずめながら言う。

「――形?」

 彼女は、自分より少し背の高い旦那の顔を見上げた。目を見つめながら言う。

「もうひとり子供つくろう」

「子供!?」

 凜は素っ頓狂な声をあげた。予想外の言葉だった。

「私ね、あなたと結婚した頃、よく夢に描いてたの。家族はあなたと私、そして子供が2人って。あとひとりで夢が叶うんだ」

「それは――すぐにはちょっと」

「やだやだ、ぜったい約束して!」

 愛稀は子供のように凜の胸元で悶えてみせる。凜はこうなった時の彼女には弱かった。有無を言わさず許してしまいそうになる。愛稀もそれを知りながら、彼に甘えているのだろう。

 甘え上手で幸せには貪欲――彼女のそんな性格を、凜は改めて感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ