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第一章・4 (4)

 レストランを出て、駅に向かう道中で歓楽街に入った。

 こういうガヤガヤした場所は、凜は苦手だった。さっさと通り抜けようと、足が自然と速くなる。夜、バーなどに飲みに行くことは多いが、そういう時も、こういう賑やかな場所はなるべく避けてきた。

 ふと隣を見ると、さっきまでいたはずの早苗の姿がなかった。しまった、少し早足すぎたかな――と後ろを振り返ると、彼女は道の真ん中でぽつりとたたずんでいた。

「新川さん、どうしたの?」

 凜は早苗のいる場所まで道を引き返した。早苗は俯いたままだ。どうしたのだろうかと、凜は思う。

「あ、あの、私まだ先生にお礼言ってなかったですよね。私のために、ここまでしてくれるなんて――ありがとうございます」

 早苗は上目遣いで凜を見ていた。別段早苗のためだけというわけではないのだが――という考えが一瞬頭をもたげたが、あえてそれは言わないことにする。

「それで――もしよかったら……、本当にもしよかったらですけど、少し休んでいきませんか」

 早苗は首を左の建物へと向けた。凜は彼女の言葉の意味が分からないまま、その方を見る。視線の先にあるのはラブホテルの入り口だった。

「まさか――冗談だよな」

「いいえ、私、先生とならいいですよ」

 早苗は凜に一歩近寄り、彼の手をとろうとした。しかし――、

「何を言ってるんだ。君は正気か?」

 突然、凜は怒気を含んだ声で言った。はっ、と早苗は手を下ろした。

「君は何のために僕といるんだ。川上くんのことが心配で、助けたいからだろ。本質を見失っちゃいけない。手段を間違えば、君自身も他人も、みんな不幸になる」

 早苗は悲しそうな顔で、ぱくぱくと唇を動かした。何かを話したくても言葉にならないようだ。凜は少し語調を緩めた。

「声を荒げてすまなかった。でも、君のためを思ってのことなんだ。君は君自身をもっと大事にして欲しい。心も身体も、けして粗末にしてはいけないよ」

「…………」

「さあ行こう。やっぱり、君は少し混乱しているようだ。今日は帰って、少し気持ちを落ち着けなさい。今後のことは、それから考えたらいい」

 凜は早苗を連れて、再び歩きだした。駅に着くまで、早苗は何も喋らなかった。


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